【前編】宝塚歌劇団 演出家  上田久美子さんインタビュー

【前編】宝塚歌劇団 演出家 上田久美子さんインタビュー


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BOOKOUTジャーナルとは
 
知られざる想いを知る―。
いまいちばん会いたい人に、
いちばん聞きたいことを聞く、
ヒューマンインタビュー。
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撮影/長谷川 梓
文/石井 美輪

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100年以上の長きに渡り、劇場を満員にし続ける宝塚歌劇団。
人を惹きつけてやまない舞台を作り上げる専属の演出家陣の中で、ここ数年でひときわ注目を集める女性がいます。
その女性とは、昨年大劇場デビューを果たしたばかりの演出家・上田久美子さん。
美しい舞台上で繰り広げられる、豊かで繊細な人間同士のドラマ。
3作続けて熱烈に支持される作品を世に送り出した上田さんとは、一体どのような人なのか?
ロングインタビューを前後編に分けてお届けします。
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001

2013年、入団7年目にして『月雲の皇子 ―衣通姫伝説より―』で演出家デビュー。
その公演が好評を博し急遽再演が決定。
異例のヒット作に。
二作目である『翼ある人びと ―ブラームスとクララ・シューマン―』は鶴屋南北戯曲賞の最終候補に。大劇場デビュー作であり、彼女にとっては三作品目となる『星逢一夜』では読売演劇大賞の優秀演出家賞を受賞した。

今までに発表したのは3作品のみ、しかし、その全てが大きな話題に。
宝塚歌劇団の若き女性演出家として注目を集めている、上田久美子さん。
今では演出家として活躍している上田さんだが、実は過去には製薬会社に勤務していた時期も。
“転職”というカタチで宝塚歌劇団の門を叩いた、その経歴は少し変わっている。

幼少期は文学少女
青春時代を京大で過ごし
卒業後は製薬会社へ

「幼い頃は読書が好きな女の子でした。と言うと聞こえがいいですが、私が生まれ育ったのは奈良県の何もない田舎町で、本を読むくらいしかやることがなかったんですよ」

と笑う上田さんは、高校卒業後、かの京都大学の文学部へ進学。アンドレ・ジッドやレイモン・ラディゲをはじめ「フランス文学が好き」という理由でフランス文学を専攻。卒論はフランスの哲学書をテーマに書いたそう。

「当時は明確な将来の目標を見つけることができず、ただ漠然と“何か海外と関係のある仕事ができたらいいな”と思っていました」

そんな上田さんが、大学卒業後に就職したのはフランス文学とも海外とも全く関係のない製薬会社。

「当時は就職氷河期。ありとあらゆる会社を受けて、たまたま受かったのがその製薬会社だったんです(笑)」

会社という社会で働く
“普通の人”こそが
物語の主人公に思えた

大学を卒業したら会社に入って働くのが当たり前だと思っていた、という上田さん。その“当たり前”をまっとうすべく“お給料がもらえるならばどこでもいい”そんな思いで入った会社だったが、これが彼女の人生を大きく変えるきっかけに。

「会社には2年間勤めたのですが、そこでの社会経験はおおいに役に立っていて。あの時間がなかったら今の私はない、そう言っても過言ではないくらい」と言葉を続ける。

「学んだことも同じならば興味の対象も同じ、大学までは似たような人達に囲まれて生きていたけれど。会社には、年齢も、好きな物も、育ってきた過程も……自分とは異なる人達が沢山いる。
それが凄く勉強になったというか。社会とはどういうものなのか、世間の人々はどういう気持ちで日々暮らしているのか、その2年間が私に教えてくれたんです」

なかでも、上田さんの中に強く残ったのが「生きるのは大変なんだ」という学び。

「相手が年下であっても上司ならば頭を下げなければいけない、理不尽なこともあれば、どんなにやりがいを感じていても異動で他部署に飛ばされることだってある……でも、家族や生活のために会社を辞めるわけにはいかない。
そうやって、何年も仕事を続けている人が沢山いる。これが“生きる”ということなんだ、と。好きなことを仕事にしている人はごくわずか、大多数がそうやって生きていることを改めて実感したんですよね」

今まで知らなかった“人々が抱える思い”にも沢山触れることができた。

「ОLって色々大変なんですよ(笑)。
独身貴族として華やかに生活しているように見える人も、結婚して幸せそうに見える人も、おのおの心に何かを抱えている。深く知ると、それぞれがいろんな意味でスキャンダラスだったりして。それこそ、皆が小説の主人公のように思えるくらい」

会社生活では、日本企業特有の考え方や風習にカルチャーショックを受けることも多かったが「渦中にある現実というよりも、どこか外側から見ている自分がいて。まるで舞台を観るように、自分の葛藤も含めてそれを面白がっていた」と笑う上田さん。

なんとも演出家らしい発言!! だがしかし、次第にこんな思いも抱くようになっていったそう。

002

東京砂漠で遭難してしまう!!
“夢を追い求めて”というより
“逃避”に近い転職でした

「東京で一人サラリーマンとして働く、この状況がどこか“根なし草”のように思えて。
“このままでいいのか?”という不安は常に感じていました。
毎日デスクに向かい同じ作業を繰り返す、それが私の仕事であり、皆も当たり前にやっていることなんですけど……次第に“自分の存在のよりどころはどこなのか”を考えるようになってしまったんですよね」

仕事とはお金を得るためのものだと割り切ることもできなければ、仕事以外に打ち込めるものもない。
時間を売り渡して得たお金をストレス解消のようなものに使い、またストレスを溜めてお金を使う……そんな毎日の中で膨らんでいく「私は何者なんだろう」「誰なんだろう」という感覚。

「この東京砂漠にこれ以上いたら遭難してしまう!! そんな思いが蓄積したときなんです。
宝塚歌劇団の演出助手の求人を知り願書を出したのは。正直に言ってしまうと“夢を追い求めて”というより“転職がしたい”、後者の思いのほうが当時は強かったんですよ(笑)」

後編はこちら

【PROFILE】
上田久美子(うえだ・くみこ)
宝塚歌劇団 演出家
2006年宝塚歌劇団入団。2013年『月雲の皇子 ―衣通姫伝説より―』、2014年『翼ある人びと ―ブラームスとクララ・シューマン―』で高い評価を得る。2015年『星逢一夜』で宝塚大劇場デビュー。同作品で読売演劇大賞、優秀演出家賞を受賞。

宝塚歌劇 オフィシャルサイト
https://kageki.hankyu.co.jp/

上田久美子さん次回作品

宝塚歌劇 花組公演
宝塚舞踊詩
『雪華抄(せっかしょう)』
作・演出/原田 諒
トラジェディ・アラベスク
『金色(こんじき)の砂漠』
作・演出/上田 久美子
・宝塚大劇場  2016年11月11日(金)~ 12月13日(火)
・東京宝塚劇場 2017年1月~2月(予定)