はじめての「原チャリ」

はじめての「原チャリ」


これは、モノを手放し、身も心も身軽になったミニマリストが、
「やりたいこと」に挑戦していくお話。

ぼくは明日死んでしまうかもしれない。
だから「やりたいことはやった」という手応えをいつも持っていたい。

いざ、心の思うままに。

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俺は自分の人生で、いちばん風に近くなっていた。

強烈な夕日と、キャンディマーベラスオレンジの車体が、見分けがつかないほどに溶け込んでいく。
俺の足元では、空冷・2サイクル単気筒エンジンが獲物を襲う前の獣のように、小刻みに震え続けている。

 

 

俺は原チャリに乗っていた。

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免許は20歳の頃取っている。しかし車が必要ない東京に住んでいたこともあって、免許は燦然とゴールドに輝いている。原チャリに乗るのは教習所で乗った以来だから17年ぶりか。必要がなかったのもあるが「バイク? 事故したら取り返しがつかないでしょ?」という常識が、挑戦を妨げ続けてきたのだ。

しかし、リスクを取らなくては、新しい景色は見えない。
このまま「危ないと思ったので」といういいわけを続け、バイクにも乗らず死んでいくのか?

しかし物事には順序がある。俺が最初に捨てたものが「冷蔵庫にあるよくわからないタレや、納豆についてきた辛子」だったように、ベイビーステップは重要だ。

挑戦の場所として選んだのは、沖縄の離島、久米島。
人の少ない離島で、思いっきりぶっ放そうというわけだ。

 

親父との邂逅

何件か断られた末に、辿り着いたレンタルバイク屋。
親父はすぐさま聞いてきた。

「はじめて乗るわけじゃないですよね?」
「そう……ですね」

 

嘘ではない。乗ったことはある。こんな風にレンタルバイク店には、初心者をよく思わないところが結構ある。乗りなれていない人間が、転んで原チャリに傷をつけることが多いのだろう。たとえばヤフオクでも、新規の参加者を入札拒否する人がいる。では誰が、本当に初めての人をケアするのか? と思わず関係ない世の中を斬りはじめたくなったが、俺はまだ冷静だった。

「でも、久しぶりなので教えてもらえますか?」

親父は優しい人で、丁寧に操作方法を教えてくれた。特にアクセルをゆっくり握るのがコツだと教えてくれた。

 

そして実践へ……

 

親父から鍵を受取り、いざ車道へ。事前にYouTubeでも「原チャリの乗り方」というような動画を何本も見ている。大丈夫だ。しかし、見るのと実際にやるのは大きな隔たりがあるものだ。アクセルを吹かすと、原チャリは急加速!!

 

「ブッフォン!!」

 

とイタリアきっての名ゴールキーパーに似た叫び声をあげる俺。

 

反対車線へ飛び出しそうになっている俺を見て
親父は「だから、いわんこっちゃない!」と呆れている。

 

そうか。原チャリのアクセルは、女性の手を初めて握るときよりも優しく扱わなければいけなかったのだ。

「大丈夫、大丈夫」と親父に振り返りながら改めてスタートを切る。今度はいけそうだ。同じ失敗はしない。しばらくは、人も車もいない。チャリにはいつも乗っているが、そういう自分の力でない「エンジン」で自分が運ばれてく感覚は独特だ。そして風が気持ちいい。乗り物に乗る気持ち良さというのは、おそらく人間の本能に近い部分の喜びなのだ。

 

ピーキーなアクセルにさえなれれば、原チャリは簡単だ。しかし、交通量の多い場所に近づくにつれ次第に緊張感が増してくる。当然だが、他の車は俺が今日、17年ぶりに原チャリに乗ったことを知る由もない。ノロノロ運転なので、後ろに付かれただけで焦る。

「ふえぇ、やめてよぉ」

と思わず情けない声が出そうになる。そんなときは思いきってスピードをあげるか、

「どうか、どうかこれでひとつ穏便に」

と悪代官とつるむ商人のような姑息さをもって、できる限り端っこで、スピードを落として相手が抜きやすいように走るかだ。そんなテクニックを徐々に身につけていった。

 

親父の裏切り

 

そのうちに危機的な状況に気づいた。サイドミラーの固定が甘く、風をしばらく受けると角度が変わってしまうのだ。しかし、親父のところに引き返すには長い距離を走り過ぎている。親父め……

「原チャリ1台、あ、ハードモードで!

と誰が頼んだのか。止まってはミラーを直しながら、一層注意深く走る。それでも原チャリに乗るのは楽しかった。原チャリでこんなに楽しいなら、排気量の大きいバイクはどんなに楽しいのだろうかと思ったりした。

島での交通機関は、どこでも当然不便だ。原チャリに乗れるようになれば、自分の好きなときに、好きなタイミングで行くことができる。

原チャリのおかげで、久米島でもいろんな景色を見ることができた。

 

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 巨大な鍾乳洞「ヤジヤーガマ」。かつての人はここに住んでいたようで、貝塚なども残っている。とってもかわいいコウモリがたくさん。

 

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奥武島の畳石

 

慣れたときが危ない

さあ、そろそろ原チャリを返す時間だ。原チャリから降り、手で押しながら親父のガレージにバイクを近づける。こけることもなく、傷をつけることもなく親父にバイクを返すことができそうだ。初心者の俺に、こころよく原チャリを貸してくれてありがとう、親父……。そんな感激でどうやらアクセルを握る手元に力が入ってしまったようだ。

「ゥグドラシル!!」

とバンプ・オブ・チキンのアルバムのような悲鳴をあげながら、原チャリに引きずられる俺。とっさにブレーキをかけられたからよかったものの、恩人である親父のガレージに突っ込んでしまうところだった。

はっきり言って、初回は危険だったと思う。しかしこれ以来、原チャリに乗ることにも慣れ、すっかり「島で原チャリを爆走する」ということが趣味のひとつになった。波照間島や、小豆島でも原チャリに乗った。そうしていろんな景色を見た。

 

ありがとう親父。俺もあなたのように、初心者に門戸を開いて生きていくよ。

俺はひとつの恐怖を克服し、その恐怖を乗りこなせるようになったのだ。

 

 

【原チャリに乗るコツ】
・ミラーがふわふわしてないかとか、自分でも車体のチェックを
・アクセルははじめて女性の手を握るように優しくもつべし
・親父にきちんと返すまでが原チャリ

 

 

国内16万部突破、13ヶ国語への翻訳も決定。

ミニマリスト本『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』


Written by sasaki fumio

作家/編集者/ミニマリスト 1979年生まれ。香川県出身。出版社3社を経てフリーに。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに、『Minimal&Ism』を開設。初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(小社刊)は、国内16万部突破、22ヶ国語に翻訳される。新刊「ぼくたちは習慣で、できている。」が発売中。

»http://minimalism.jp/

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