【試し読み】その時は突然にやってくる『愛猫が余命20日と宣告されました』(1)


6月8日

 腹水の検査を終え、また診察室に呼ばれる。虚(うつ)ろな僕。話を聞く気などない。学生時代に一番嫌いな先生の授業受けてる時の100 倍くらい話聞く気ない。
 このまま帰れば、いつもの日常が戻ってくるんじゃないか──そんな妄想すらするレベル。でも、先生は容赦なく口を開いた。

先生「残念ですが99%・・・いや、100%リンパ腫です」

その時が来てしまった

 「胸が締めつけられるようだ」そんな表現はよくあるが─僕の場合は違った。心臓がケツから飛び出るかと思った。いや、一瞬出てたかもしれない。
 全身が痛い。頭、目の奥、胸。
 寒気がしてきた。手が震える。足に力が入らない。あれ、なんか目見えなくない? 耳鳴りもする。口の中、変な味がする。食いしばりすぎて歯茎から血出てる?
 (※ちなみに、あとで歯医者に行ったら歯が2本割れていた。原因は食いしばり)

 リンパ腫。
 僕が最も恐れていた、最もなってほしくなかった、病気だ。
 「いつからこうなっていたのか?」「僕の管理が甘かったのか?」
 SNSで健康管理には自信があると公言していたのは、口だけだったのか。後悔だけがひたすら脳みそを巡っている。

先生「リンパ腫の場合、本当に進行が速いです。1~2週間でここまで悪化することも、全然あり得ます」

 そう、リンパ腫で特筆すべきは、圧倒的進行の速さ、つまり余命の短さだ。
 猫の資格(この猫マスター、「猫健康管理士」「猫疾病予防管理士」「猫のシニア生活健康アドバイザー」の資格を持っている)を取るために勉強した中でも、「絶対にかかってはいけない病気」として認識していた。
 
そして、こいつが厄介なのは、予防や対策ができないこと。体質や遺伝、いろいろとあるのだろうが、原因ははっきりしないのだ。

 そんなリンパ腫に? うちのポポロンが・・・?
 「リンパ腫ではなかったよ」という選択肢は、もうないんだ。きっと。あとは、種類を知るだけなんだ。猫の腫瘍にはほとんど良性がない。この時点でほぼほぼ絶望確定なのだ。

 でも、どうしても信じられない僕は、検査の後や話の最中も諦めきれず、「リンパ腫 良性」「リンパ腫 治る」「リンパ腫 完治」と無限に、スマホで前向きな言葉を検索した。
 しかし、飛ぶ先飛ぶ先のページで出てくるのは、ほぼ100%残酷な結果ばかり。きっと、宣告された飼い主の皆様、絶対そうなるだろう。これ、みんなやってるのだろう。

 前向きな検索が多ければ多いほど、現実の冷酷さに打ちのめされる。ああ、ここから、僕らは、何をするんだ? どうなるんだ?
 今日から治療になるのかな? 治療って抗がん剤? 放射線? 手術かな? まさか入院? もう家に帰れない?
 急にいなくなるなんてこと、ないよね・・・?
 だってポポロンとはまだまだおにごっこ途中だよ・・・?

 あたふたする僕に先生が一言。

先生「ポポロンくんをお預かりして、検査入院させたいと思います」

 

6月9日

 今日の今日。本当に突然のことだった。
 「いやです」と反射的に口から出てしまった。でも、もちろん、そんなこと言っていられない。

リンパ腫と診断されたポポロン

 入院の目的は、「病気を見つけるための検査」ではなく、「治療に耐えうる身体かどうかを調べるための検査」だ。腎臓にリンパ腫があるということは、他の部位にも発生していてもおかしくない。他の場所に転移や発現がないか、そしてこれから行う治療に耐えられる健康状態なのかを調べる必要がある。

 人生でもほとんど経験のない、「猫と病院に行って、自分だけが帰る」という行為。寂しい。そしてふと、駐車場に向かいながら、頭をよぎってしまった。
 「もしこのまま、ポポロンが帰ってこなかったら?」
 「あと何回おにごっこできて、あと何回一緒に眠れる・・・?」
 そんなことを不意に考えているうち・・・駐車場でぶっ倒れた。

 突然パニック状態に陥り、気が付いたら空を見上げていた。涙で前が見えない、それどころか涙で空が海に見えるくらい、泣いた。
 スーパーでお菓子を買ってもらえなくて駄々こねてる子みたいな体勢で、何分も泣いていた。流石(さすが)に通行人も、33 歳のおっさんが駐車場で泣き崩れる姿を見て「あら、お菓子買ってもらえなくて駄々こねてるのかしら」とは思わんだろう。
 辛くて苦しくて悲しくて──そして何より不思議なもので、怒りがすごかった。リンパ腫め。なぜ、我が家の愛猫に、現れた。絶対に許さない。お前が人間だったら拷問にかけて、爪を1枚ずつ剥いでやる。
 ブチギレて拳を握りすぎて、手のひらから流血していた。
 泣いた。泣いた。泣いた。赤ちゃんの頃から今までの人生をトータルしても、この1日の方が確実に泣いた。

そして、ポポロンのいない家に帰宅。

リュック「おま・・・一人で帰ってきた・・・?」
響介「そうなんだよ・・・」

ソラ「ポポロン忘れてきたの!? 探しに戻りなさい!!」
響介「忘れてないよ、できるなら探しに行きたい・・・」

ニック「ままままままさか・・・お腹が空いて食べちゃったの・・・?」
響介「もはや食べられるものなら食べたいくらい・・・」

ピーボ「あたしゃ見ちゃったよ、響介がポポロン見て、よだれたらしてるのをね・・・」
響介「それはいつも通りだな・・・」

 ああ、いつもの日常なのに。日常じゃないよ。
 頭グイーン!が、ない。
 ポポロンが先陣を切って僕の手に額を擦り付けてくる、あれがないと、我が家恒例の“猫圧”にならないんだよ。
 泣いた。とにかく泣いた。苦しかった。ゲボ吐いた。

僕はこの日、とある決断をした

 この日に泣き尽くす。全ての涙を流し切り、明日からはもう、この闘病で泣かない。
 一番辛いのは、ポポロン。
 リンパ腫は完治しないけど、寛解はできる。

◎寛解とは
がん(腫瘍)が一時的あるいは永続的に縮小または消失している状態。検査で確認ができないほど小さくなっている、身体に異常をきたさないレベルになっている状態。

 リンパ腫の治療は、いかに長く寛解状態を維持できるかにかかっている。抗がん剤や放射線、あらゆる治療を行い、「何もない状態」を1 日でも多く過ごさせてあげるのだ。寛解の先に長い余命が待っていることも、可能性は低かろうがゼロじゃない。それなら、猫マスターと愉快な仲間たちで、その奇跡を起こしてやるよ。

 だから僕は、決めた。ポポロンの闘病が続く限り、ポポロンが頑張っている限り、もう泣かない。
 でも今日だけは、たくさん泣かせてくれ。身体中の水分全てを目ん玉から出すから、明日以降は、僕の目からは「嬉し涙」しか出なくなってるよ。
 しっかりしろ、猫たちを守るのは、僕だ。

 

つづきはこちら(2025/9/24公開)
【試し読み】無慈悲な寿命とリンパ腫の怖さ『愛猫が余命20日と宣告されました』(2)

 

­本書の内容は、飼い主である著者による実体験に基づく記録です。ただし治療内容については全ての背景を網羅しておらず、また、医学的・専門的な表現をわかりやすくするために言い換えている場合もあります。あくまで一例としてお読みください。猫の病状は個体ごとに異なりますので、必ずかかりつけの獣医師の診察を受けたうえで、適切な治療を行ってください。

 

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愛猫が余命20日と宣告されました
著:響介 監修:服部幸

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原作:響介
漫画:ちとせ

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響介
本業:猫マスター
副業:作編曲家、サウンドプロデューサー、ギタリスト、音楽大学非常勤講師
保有資格:【猫健康管理士】【猫疾病予防管理士】【猫のシニア生活健康アドバイザー】

猫と追いかけっこがしたくてマンション購入。猫ともっと本気で追いかけっこしたいがために注文住宅を建築。曲の締切、猫のご飯の締切、住宅ローン(残り30年)に日々追われながら猫たちとのおにごっこの必勝法を模索する日々を過ごす。おにごっこで勝つために次は山か島を買うらしい。
著書に『借金1000万作曲家の人生を変えてくれた猫の話』(ワニブックス)、『猫を飼うのをすすめない11の理由』(サンマーク出版)、『下僕の恩返し』(ビジネス社)がある。

ブログ「リュックと愉快な仲間たち」 https://rikkusora.com/rikku/
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