【試し読み】2度目のビンクリスチン『愛猫が余命20日と宣告されました』(4)


7月10日

正常性バイアスとは

 正常性バイアスとは、緊急事態が発生しても「正常の範囲内だ」と判断し、平静を維持しようとしてしまう心理状態のこと。
 たとえば「津波が来てるけどみんな歩いてるから大丈夫だろう」とか、「火事だけどみんな逃げてないから普通に鎮火して落ち着くのでは?」といった心理。思い当たりませんか?
 あれです。闘病中はまさに、これがめちゃくちゃ働く。
 「元気なく見えるけど、副作用だよね?」
 「昨日よりは元気だから大丈夫!」
 それ、本当に冷静な判断?

食べる時に顔をしかめる

 ポポロンに現れたある異常とは、食べる時に少し顔をしかめたり、首が斜めになったりしている。口からご飯がこぼれることも。なんだか、食べづらそう。
 これはまさしく・・・口内の異常。

 僕はお恥ずかしい話、猫を迎え入れたばかりの頃、歯磨きが必須だとは知らず習慣をちゃんとつけてあげられなかった。大人になってからの口腔ケアはとても大変で、歯磨きが全くできない子になってしまうとケアグッズを用いての対策が必要になる。
 だからこそ皆様には、猫ちゃんが小さい時から気を付けてほしい、とここで伝えたい。

 もしかしてポポロンに、歯周病が襲いかかっている? 歯周病が悪化すると、痛みからご飯が食べられなくなってしまう可能性がある。
 とは言っても、今はデンタルケア系のフードや病院での歯石ケアなど、できる限りのことはしているし、その成果か歯肉炎はほとんどなかったはずなのに。

 

7月11日

 しかし、また食べなくなってしまった。
 不安で、病院に連れて行きたい。でも今週は、一度抗がん剤を打ちに行って、数日後すぐに皮下点滴。そしてまた連れて行く・・・ずっと病院だ。
 しかも引きこもりワーカーの僕にしては珍しく、今日は仕事があるから時間も空けられな・・・

響介「ポポロン、ごめんね。また病院だって」

 ということで、速攻で仕事は遅刻を決意。
 猫より大切な予定などこの世には存在しないのだ。

 しかし、そう伝えた瞬間。
 ポポロンが食べ出した! しかもすごい勢い!

ポポロン「びょういん! ! ? え! 食べないと連れてかれるの? た、たべまーす!!」

 まだちょっと口は痛そうだけど、食べてる。吐いたりもないし、昨日より勢いもいい気がする。

ということで病院へ

響介「先生! ポーチーです!」
先生「うーん、どうしても食べませんか。これが続くと抗がん剤治療が難しくなるかもしれません・・・」
響介「あ、いや、さっき出る直前に食べたんですよね」
先生「えっ」
響介「えっ」
先生「えっ? じゃあなんで連れてきたんですか・・・?」
響介「た、たしかに」
先生「??」

 という謎の空気になってしまった。確かになんで連れてきた。
 これは、「ポポロン忘れ事件」に次ぐ、猫マスターの奇行として歴史に残るレベルである。ちょっと恥ずかしかった。

でも動画をよく見たら

 先生と看護師さんたちと「アホ爆誕ですね」と笑っていたのだが、よくよく考えれば、食べ方の違和感を先生に伝えたいので、来て良かったのでは!と自分に言い聞かせ、録画した動画を見せる。

先生「これは、なるほど。食べてはいますが、量がかなり少ないですよね?」

 そう。食べる量はだいぶ少ない。
 見た目のなんとなくの印象で話しているわけではない。ちゃんとグラム単位でご飯を計測できるはかりを使っている。
 健康な時は1食40g、抗がん剤が始まってからは20g以下。ここ数日は、たった10g程度。激減している。

 そして何より気がかりなのは、この「不思議な食べ方」だ。
 時々顔をしかめたり、首を傾けて頭を振るような動作をしている。
 口内炎なのか、歯肉炎なのか、その他の口腔異常なのか。先生に見てもらったが、舌や口に潰瘍のようなものや傷がある感じはないらしい。少しだけ歯茎が赤っぽいので、軽い歯肉炎はあるかもしれないが、それでここまで痛がるか?

 

7月12日

先生「このまま食欲が戻らないと、かなり微妙な状況です。抗がん剤は体力がもたなくなると危険ですから・・・」

 いやいや、でも順調に進んでるんだし、副作用で食欲が落ちるのは仕方ないことなんだから打てばいいのに! そう思うかもしれない。
 しかし、忘れてはならないことがあるのです。

抗がん剤は危険物質

 抗がん剤はリンパ腫など悪性のものを破壊するのと同時に、身体の正常な機能も破壊している。現在使っている「シクロホスファミド」は、元来は「マスタードガス」という毒ガスを基盤に作られているらしい。文字通り「毒」なのである。

 今ポーチーは血液検査にはなんの問題もないし、あからさまな異変(ゲーゲー吐いたり、下痢になったり麻痺が出たり)は起きていない。
 しかし、それはあくまで「ちゃんと食べている」から。量は減っても食べていてくれてたから。
 抗がん剤治療には本猫の体力が最も重要になる。その体力を支えるのは「食事」。
 でも、ここまで食べなくなった今、「多分、大丈夫」で抗がん剤を打ったら、次は強い副作用が出てしまうかもしれない。
 愛する愛する大好きなポーチーで、そんなギャンブルはできない。
 抗がん剤の難しさを痛感した。

 

7月13日

 ついに、ついに来てしまった。
 最悪の決断。抗がん剤の延期だ。

プロトコールは間隔を空けすぎてはいけない

 抗がん剤の難しい現実に直面することとなった。抗がん剤プロトコールは、内容だけじゃなく打つペースも重要になってくる。
 リンパ腫やがんは成長速度が異常な速さだ。そんな奴らを相手に「副作用が怖いから」と悠長にやっていると、せっかく小さくなっても戻ってきてしまうんです。
 だから基本的には週1回ごとに、きっかりと打つ。それがルールだ。

 とはいえ、猫は身体の小さい動物。命あってのプロトコールだ。
 僕を元気づけるためなのか、先生は優しく言ってくれた。

先生「1~2日ずれただけで結果が悪くなった、なんてデータはありませんので安心してください。猫は強いですから!」

 先生の患者さんでも、打って、2週間空けて、打って、また2週間空けて、打って、とイレギュラーな打ち方をしたが寛解した子もたくさんいるらしい。それは嬉しい情報だ。
 ただ、やはり1週間とか空いてしまうとプロトコールの意味がなくなってしまう可能性があるらしく、できるだけ早めに打てるに越したことはない。

先生「今夜から食べてくれたとして、明日、明後日と量が増えれば体力的にも大丈夫だと思うので、2~3日後に再開しましょう!」

 でも、逆に言えば──この3日で食欲が戻ってくれなかったら、抗がん剤中止の可能性すらある。

先生「もしかしたら副作用が遅めに出始めて、遅めに終息するタイプの子なのかもしれません。普通は5日で落ち着くところを、ポポロンくんは7~8日目に回復というサイクルになっているのかも。
そう考えれば2回目以降の抗がん剤で食欲が落ちてしまったのも、副作用と次の抗がん剤が被っていたから、ということかもしれませんし!」

理想のサイクルとポーチーの場合

 理想は、食欲が落ちながらも、しっかり回復を繰り返し、最後までこれで走り続けることだ。
 しかしポーチーの場合は、副作用の期間がやたら長くなり、1週間きっかりで打ってしまうと手前の抗がん剤の副作用と被ってしまうのだ。こうなってしまうと、食欲や体力を戻す暇がなく、下がる一方だ。
 副作用でぐったりしている姿を見るのは辛いが、プロトコールはきちんと全てやり切りたい。
 ポポロン、ここが踏ん張りどころだ。頑張ろう!

 

つづきはこちら(2025/9/29公開) 
【試し読み】「寛解」『愛猫が余命20日と宣告されました』(5)

­本書の内容は、飼い主である著者による実体験に基づく記録です。ただし治療内容については全ての背景を網羅しておらず、また、医学的・専門的な表現をわかりやすくするために言い換えている場合もあります。あくまで一例としてお読みください。猫の病状は個体ごとに異なりますので、必ずかかりつけの獣医師の診察を受けたうえで、適切な治療を行ってください。

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著:響介 監修:服部幸

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原作:響介
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響介
本業:猫マスター
副業:作編曲家、サウンドプロデューサー、ギタリスト、音楽大学非常勤講師
保有資格:【猫健康管理士】【猫疾病予防管理士】【猫のシニア生活健康アドバイザー】

猫と追いかけっこがしたくてマンション購入。猫ともっと本気で追いかけっこしたいがために注文住宅を建築。曲の締切、猫のご飯の締切、住宅ローン(残り30年)に日々追われながら猫たちとのおにごっこの必勝法を模索する日々を過ごす。おにごっこで勝つために次は山か島を買うらしい。
著書に『借金1000万作曲家の人生を変えてくれた猫の話』(ワニブックス)、『猫を飼うのをすすめない11の理由』(サンマーク出版)、『下僕の恩返し』(ビジネス社)がある。

ブログ「リュックと愉快な仲間たち」 https://rikkusora.com/rikku/
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