「したいこと、好きなことがわからない」…公認心理師が解説する、あなたの“生きづらさ”の根底にある「かくれトラウマ」とは?(その2)


「好きなことがわからない」「自分の意見に自信が持てない」——。
これは、長いあいだ感情を抑え続けてきた心の防衛かもしれません。

そう語るのは、トラウマケア専門「こころのえ相談室」代表で、公認心理師の井上陽平さん。

子ども時代に「いい子」でいることを求められ、自分の感情よりも周囲の期待を優先してきた人ほど、“自分という感覚”が薄れていくことがあります。 ……こうした日常の“生きづらさ”の背景には、実は子ども時代や過去の経験で受けた心の傷=「かくれトラウマ」が影を落としているかもしれません。

ここでは、井上先生による新刊『かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか』から編集・抜粋し、目に見えない心の傷=「かくれトラウマ」について、当事者の体験を手がかりに、その反応がどのように形作られたのか——全3回にわたって紹介していきます。

 

自分に自信がなく「好きなこと」もわからない…

さて、第2回は「したいこと、好きなことがわからない」という当事者の体験をもとに、期待を裏切らないよう「いい子」を演じてきた“生きづらさ”のケースについて、以下、ご紹介しましょう。あなたも、身に覚えはありませんか?

——ふとした瞬間、足元がぐらつくような感覚に襲われることがある。まるで、「自分」という存在の芯がどこにも見つからないような、空っぽな感じ。何かを思いついても「違う」「どうせダメ」と打ち消してしまう。自分の考えに自信が持てず、そもそも「自分の考えって何?」って思う。

小さい頃から、私は〝親のための自分〟で生きてきた。叱られないように、期待を裏切らないように、「いい子」と言われるように。感情も欲もしまい込んで、空気のように、機嫌を損ねないように「こうすれば怒られない」「これを言えばよろこばれる」―そうやって自分を調整してきた。


(イメージ:イラストAC/まみなる)

気持ちを表に出せば、親は怪訝(けげん)そうな顔をしたり、否定したり、怒ったりした。私の感情は受け止められなかった。泣くことすら許されず、無心になることで心を守った。何度も「これでいい」と言い聞かせ、気持ちにふたをし続けてきた。

やがて「親の気持ちのほうが大事だ」と自然に思うようになった。だから私は、本当の心を遠くに置き、代わりに親が用意した〝仮の心〟で生きてきた。


人生の選択も、親が「よかれ」と決めたものばかり。あたかも自分で選んだように見せかけながら、実際は〝決められた正解〟をなぞっていただけ。その通りに動けば怒られないし、波風も立たなかった。けれど私の中身はいつも空っぽだった

「自分」を考えようとすると体がざわつき、不安が増す。「好きなことは?」「やりたいことは?」と聞かれると頭が真っ白になる。何を選んでも「これでいいのかな」「ガッカリさせないかな」と不安ばかり。だから、何も続かないし、立ち止まって「やっぱりダメだ」と責めてしまう。

けれど本当は、ただ「やりたいことがわからない」だけなのかもしれない。長い間、自分を感じることさえ許されずに生きてきたのだから。

「わからない」「考えたくない」「誰かに合わせよう」――その声たちはずっと、私を守ろうとしていたのかもしれない。

 

一生懸命に自分を保ってきた、あなたへ

それでは、公認心理師で、トラウマ専門カウンセラーの井上先生からのメッセージをお届けしていきましょう。

——「わからない」「考えたくない」「誰かに合わせよう」——。そんなふうに感じてきたのも、あなたが、これまで自分を守るために選んできた大切な反応だったのだと思います。
それだけ、身のまわりの状況が過酷で、心も体も張り詰めた状態の中で、一生懸命に自分を保ってきたということです。

だからこそ、「自分らしく生きなきゃ」と焦る必要はありません。無理に〝本当の自分〟を探そうとしなくていい。今はそれが見えていなくても、あなたの内側にはちゃんと、感じる力も、選ぶ力も、生きる力も眠っています


(イメージ:イラストAC/まみなる)

長く続いた緊張の中では、体が「感じること」を一時的に止めてしまうこともあります。それは、心を守るための、体のしくみとして起こる自然な反応です。
「何が好きか」「何をしたいか」がすぐにわからないのも、その流れの中にあるだけで、けっして、あなたの何かが欠けているわけではありません。

ふとした瞬間に、「あ、なんとなく心地いいかも」と感じるもの。ちょっと安心できる場所や人。そんな小さな感覚を大切にしてみてください。それは、あなたの神経がようやく〝安全〟を感じはじめている証拠であり、そこに近づいていくことで、少しずつ「自分」の輪郭がよみがえってきます。


(イメージ:イラストAC/まみなる)

自分の気持ちがわからないときは、自分を責めたくなるかもしれません。でも、「わからないままの自分」にそっと寄り添ってあげることも、立派な一つの選択です

無理に答えを出そうとしなくて大丈夫。今のあなたが感じている空気や温度、そのままを受け止めてみること。静かな場所に身を置くように、自分の内側に流れている〝気配〟を感じてみるだけでも、少しずつ何かが動き出します

「何もない」と感じるその奥にも、まだ名前のついていない、あなたの感情がちゃんと息づいています。その感情はずっと、気づいてもらえるのを待っていたのかもしれません。

急がなくていい。少しずつ、自分に近づいていく時間を、大切にしていけたらいいですね。

 

自己感覚が薄れていくとき、こんな反応があらわれることがあります

・自分の好き嫌いがはっきりしない
・選択の場面で強い不安を感じる
・達成しても充実感が薄い
・他人の期待を優先してしまう
・「空っぽ」な感覚がある

これは感じることを止めることで、あなたは心を守ってきたのです。

こうした日常の「生きづらさ」の背景には、子ども時代や過去の経験で受けた心の傷が関係している場合があります。自分ではトラウマを意識していなくても、その影響は無意識のうちに心や体に残り、今の生き方に影を落としていることがあるのです。

『かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか』には、こうした自己感覚の回復に向けた具体的な視点とアプローチが紹介されています。この機会に、本書を片手に自らと向き合う時間を作ってみませんか——?

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かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか
著:井上陽平

井上陽平(いのうえ・ようへい)

公認心理師/トラウマ専門カウンセラー
日本心理臨床学会、日本精神分析学会所属
トラウマケア専門「こころのえ相談室」代表

児童養護施設・情緒障害児短期治療施設での活動を経て開業。愛着の回復、解離の安定化、PTSD 反応、過覚醒・感情麻痺、HSP 特性の理解と調整など、「安全に生きられる感覚が戻ること」 を中心に据えたトラウマケアを行っている。ソマティック(身体感覚)、神経系調整、イメージワーク、対話を組み合わせ、過緊張、疲労感、解離、フラッシュバック、感情の麻痺など、神経系に刻まれた反応に多角的にアプローチ。複雑性/発達性トラウマ、カサンドラ症候群、モラルハラスメント、性被害後の身体反応など、「理由がわからない生きづらさ」を抱えるクライエントと数多く向き合っている。

X(旧Twitter) @e98SnMZJchhlqjt
トラウマケア専門「こころのえ相談室」 https://trauma-free.com/