「やっぱり、私のせいなんだ」…公認心理師が解説する、あなたの“生きづらさ”の根底にある「かくれトラウマ」とは?(その3)


「怒られると、とっさに“私のせいだ”と思ってしまう」——。
その反応は、神経が過去の環境に適応した結果かもしれません。

そう語るのは、トラウマケア専門「こころのえ相談室」代表で、公認心理師の井上陽平さん。

怒りや強い口調に対して体が先に反応してしまう。それは、かつて怒りが本当に危険だった環境で身についた“条件づけ”である可能性があります。……こうした日常の“生きづらさ”の背景には、実は子ども時代や過去の経験で受けた心の傷=「かくれトラウマ」が影を落としているかもしれません。

ここでは、井上先生による新刊『かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか』から編集・抜粋し、目に見えない心の傷=「かくれトラウマ」について、当事者の体験を手がかりに、その反応がどのように形作られたのか——全3回にわたって紹介していきます。

 

今も「私のせいなんだ」と思う癖が消えない……

さて、第3回は、すぐに「やっぱり私のせいなんだ」と自分を責めてしまう当事者の体験をもとに、誰かの強い口調や感情的な言動に体が勝手に反応してしまうという“生きづらさ”のケースについて、以下、ご紹介しましょう。あなたも、身に覚えはありませんか?

——また怒られた。何が悪かったのか、自分でもよくわからない。でも、とっさに思ってしまう。「私のせいだ」って。

子どもの頃から、ずっとそうだった。親の機嫌は天気みたいにコロコロ変わる。ちょっとした物音や言葉、何気ない態度や表情までも地雷になる。しかも、どこに、どんな地雷があるのかなんてわからない。親の思い通りにならないもの、すべてが怒りの引き金になる。

だから、いつも気が抜けなかった。寝ても起きても、ずっと緊張していた。傘をさせば雨を防げるような、そんな単純な対応は通用しなかった。



(イメージ:イラストAC/まみなる)

夕食の時間は、特に神経をすり減らす場だった。「お腹が空いているから、せめて静かにおいしく食べたい」そう願って黙々と箸を動かす。でも、時折、親の鋭い視線が飛んできて、ビクッとする。お箸の音を立てることさえ怖くて、そっと置く。誰も話さない、誰も笑わない。

「家族団らん」なんて言葉は、うちにはなかった。世間が「家族との食事は楽しい時間」と語るのが、不思議でならなかった。

「家に帰りたくない」「目立たず静かにしていよう」「親の顔色だけを見ていれば安全かもしれない」そんな毎日が当たり前だった。


私の〝帰る場所〟は、くつろぐ場所ではなく、戦場だった。

玄関を開けるたびに緊張して、親の顔色一つで心臓がバクバクする。話しかける言葉も、選び抜かないと怒りを買う。そんな日々を生き抜く中で、私は怒り=危険と体で覚えてしまった。

大人になった今でも、誰かの強い口調や感情的な言動に、胸がぎゅっとなる。怒りが自分に向いていないとわかっていても、体が勝手に反応してしまう。それほど、心は深く傷ついていたのだと思う。

「家族の思い出って何だろう」「愛されるって、どういうこと?」そんな疑問を抱えたまま、私は大人になった。周りの人が「子どもの頃に戻りたい」と笑うたび、胸がチクリと痛む。


私には、戻りたいと思えるような日々なんてなかったから。

あの頃に身につけた〝生きのびる術〟が、今もなお私を縛りつけている。やっぱり、私のせいなんだ——そう思ってしまう癖が、今も消えない。

 

自分を責めることで生きのびてきた、あなたへ

それでは、公認心理師で、トラウマ専門カウンセラーの井上先生からのメッセージをお届けしていきましょう。

——また怒られた——。理由なんてわからない。ただ反射的に「私のせいだ」と思ってしまう。その反応は、長い時間をかけて身についた〝生きのびるための神経の学習〟だったのかもしれません。

子どもの頃、家にはいつも緊張が漂っていた。親の機嫌は天気のように読めず、雷のように、突然、怒りが落ちてくる。どこに地雷があるのかもわからず、毎日、五感を研ぎ澄ませて過ごしていた。声のトーン、足音、空気の張り詰め具合、ため息の深さ。一つひとつに敏感になり、「次の危機」に備えていた。

眠っていても神経は休まらず、家は〝安らぎの場〟というより〝戦場〟だった。


(イメージ:イラストAC/まみなる)

夕食の時間は特にしんどかった。「静かに食べたい」。そんな願いも許されず、お箸の音にさえビクッとした。存在を消そうと必死だった小さなあなたが、どれほど苦しかったか。「家族団らん」という言葉が遠い世界に感じられたのも当然です。

だから今も「怒り」にはすぐに反応してしまう。誰かが怒っている理由が自分に関係なくても、体が先に構えて肩がこわばり、呼吸が浅くなる。

でも、それは心が弱いからではありません。神経が「また危険が来るかもしれない」と自分を守ろうとしているのです

「自分さえちゃんとしていれば怒られない」「私が悪いんだ」。そう思うことで、理不尽な家の中にも〝自分なりの秩序〟を作ろうとしていた。自分を責めれば怒りがほかの家族に向かわずに済む——そう信じることが、生きのびるための知恵でもありました

でも、本当はあなたのせいではなかった。
あなたの心も体も、全力で生きのびてきました。

誰かが「子ども時代に戻りたい」と言うたびに胸が痛むのは当然です。あなたにとって戻りたい過去なんてなかったのだから。

そして今も、あの頃に身につけた「自分を責める習慣」が無意識に毎日を締めつけているのかもしれません。

けれど、その記憶に静かに目を向けられたこと自体が、大きな一歩です。小さな自分を守り抜き、ここまで来たその道のりは、何よりも尊いもの。

どうかすぐには難しくても、その事実を少しずつ、自分に認めてあげられますように。

 

神経の条件づけとして現れる反応

過去に怒りが危険だった環境では、神経は次のような形で学習します。

・強い口調に体がすくむ
・注意されると頭が真っ白になる
・怒りを見ると胸が締めつけられる
・反射的に自分を責めてしまう
・常に緊張が抜けない

これは過去を生きのびるために必要だった防衛反応です。

危険が続いた環境では、自責は秩序を作る方法でもありました。しかし今、その反応は少しずつ再学習することができます。理解すること自体が、神経にとっての新しい経験になります。

『かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか』には、井上先生による数々の臨床をもとにした、かくれトラウマを癒すアプローチが満載。この機会に、本書を片手に自らと向き合う時間を作って­­みませんか——?

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かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか
著:井上陽平

井上陽平(いのうえ・ようへい)

公認心理師/トラウマ専門カウンセラー
日本心理臨床学会、日本精神分析学会所属
トラウマケア専門「こころのえ相談室」代表

児童養護施設・情緒障害児短期治療施設での活動を経て開業。愛着の回復、解離の安定化、PTSD 反応、過覚醒・感情麻痺、HSP 特性の理解と調整など、「安全に生きられる感覚が戻ること」 を中心に据えたトラウマケアを行っている。ソマティック(身体感覚)、神経系調整、イメージワーク、対話を組み合わせ、過緊張、疲労感、解離、フラッシュバック、感情の麻痺など、神経系に刻まれた反応に多角的にアプローチ。複雑性/発達性トラウマ、カサンドラ症候群、モラルハラスメント、性被害後の身体反応など、「理由がわからない生きづらさ」を抱えるクライエントと数多く向き合っている。

X(旧Twitter) @e98SnMZJchhlqjt
トラウマケア専門「こころのえ相談室」 https://trauma-free.com/