
【インタビュー】激動の時代に、最も大切な“ニュートラリティー”って何? セラピスト早志享子さん【前編】
BOOKOUTジャーナルとは
知られざる想いを知る―。
いまいちばん会いたい人に、
いちばん聞きたいことを聞く、
ヒューマンインタビュー。
撮影/長谷川 梓
文/井尾 淳子
日本初のアメリカンポラリティセラピー協会認定プログラムディレクター、講師、また日本ポラリティセラピーサポート協会会長を務める早志享子さん。
ポラリティセラピーとは、エネルギーの流れを整え、心身のバランスの回復を目的としたアメリカ発祥のホリスティック療法で、注目を集め始めています。
日本では耳慣れていないこのセラピーに、早志さんはなぜ導かれることとなったのか? そしてこのセラピーによって、どんな自分を見つけていけるのか? ご自身の人生自体も波乱万丈だった早志さんに、前編・後編にわたってインタビューを行いました。
数奇な運命で出会ったポラリティセラピー
——セラピストの道に進んだ背景には、幼少期の環境、自身の体験が深く関係していたそうですね。
私は兵庫県で育ち、ある地域のニュータウンへ引っ越しました。山を切り開いて作られた新しい住宅地で、すぐ下には昔からの歴史が続く農村地帯が広がり、私の家は、その境界に位置していたんですね。開発が進むにつれ、木々が倒され、山が切り崩され、どんどん景色が変わっていって、大切な神様の山だった場所も丸見えになってしまいました。その土地にはかつて古墳がありましたが、開発のために移動せざるを得なくなった。するとその後、不思議なことに近隣の家庭では軒並み不幸が起こり、突然亡くなる方、精神的不調をきたす方が増えていったんです。
そんな環境の中で、捨て犬や捨て猫をたくさん見かけました。どうにかして助けたくて、毎日新しい飼い主を探して回っていました。でも一方で、自分はその開発されたニュータウンに住んでいる。人間を責めたかったけれど、自分もまたその「人間の一員」であることに、どうしようもない葛藤を感じていたのです。
また、当時は金縛りに遭ったり、大腸過敏になったり、様々な体の不調にも悩まされました。でもその頃習っていた空手の師範がカイロプラクティックの先生で、気合を入れることで腹痛が治るという経験をしました。また、母が気功やツボ、食事療法の本をたくさん持っていて、それらを読んだとき、「これなら自分の不調も治せるかもしれない」と、直感的に思ったことを覚えています。今思えばその時の感覚が、今のセラピストの下地になっているのかもしれません。
——とても感受性の強いお子さんだったことが伺えます。そこから、体についての探求が始まっていったのでしょうか。
金縛りの影響もあり、顎関節症が悪化して、体調が最悪だった26歳くらいのときに出会ったのが、人生の大きな転機となるアメリカンポラリティ※というセラピーでした。ポラリティセラピーには、「クラニオセイクラルセラピー」という技術があります。クラニオセイクラルセラピーは、アメリカのオステオパシー医、ジョン・E・アプレジャー博士によって発展した手技療法(日本語では「頭蓋仙骨療法」)で、頭蓋骨(クラニオ)と仙骨(セイクラル)をめぐる脳脊髄液のリズムに働きかけることで体のバランスを整え、自己治癒力を高める療法のことです。そのセラピーに出会い、病院では「一生治らない」と言われていた顎関節症ですが、「これは理にかなった方法だ。この技術なら、私の顎関節症も治る」と、確信しました。
(※)エネルギーの流れを整え、心身のバランスを回復することを目的としたホリスティック療法で、インドのアーユルヴェーダ、中国医学、西洋のカイロプラクティックやオステオパシーの考えを融合させたセラピー。体・心・精神を総合的に整えるアプローチが特徴。
このポラリティセラピーに出会うことになったいきさつにも、実は不思議な縁がありました。当時、とても大切だった友達との間で、ある誤解から大きなトラブルに発展しました。そのときの衝撃は大きく、私は住む場所も追われることになったのですが、そのころ近所に住んでいたある女性がポラリティセラピーに関わっていた方で、「あなたにはポラリティが合っているから、学んでみるといいと思う」というアドバイスをもらったのです。
そうして生き方を模索するなかで、さまざまな出会いがあり本格的にポラリティを学び始めることになります。そしてそこから10年間、日本とアメリカを行き来しながら学び続ける日々が始まりました。
ポラリティのクラス「空(くう)」の教え
——ポラリティセラピーに出会って、もっとも惹かれたのは、どんなことだったのでしょう。
ポラリティでは、「空・風・火・水・地」の五大元素があって、それぞれに意味があります。その中で「空」というのは、「自分の魂が本当に大切だと思うことに、何よりも優先順位を高く置くことが大事だ」という教えです。「自分の心が大切にしていることを大切にすること。それを表現することが、安全に守られている状態なんだ」と。
自分の心が大切にしていることを、大切にする。それは物質的なことではなく、もっと内面的なことです。この大切なものを自分の心の中心点に置く、“ニュートラリティー”というありようを知ったとき、「ああ、本当にそうだな」と直感づいて、空間が広がったような、そこに爽やかな風が吹いたような感覚がありました。「ニュートラリティーを保持できたら、自分は生きていける」と思えた。自分だけではなく、世の中の人もみんなこのことを大切にできたら、誰も争うことなく、もっと調和しながら生きられるのではないか、と感じたのです。それが26歳のときで、今から23年前の話です。
「自分にとって大切なこと」と、ニュートラリティーの力
──早志さんの人生をお聞きすると、いろんな出来事があっても、自然と今の活動、ポラリティセラピーの方向へと向かわせる力が働いている感じがしますね。そして「自分が大切にしていることを大切にすること。それを表現することが、安全に守られている状態だ」という教えは、現代でも心惹かれるものです。
今でこそ「自分軸を大切に」とか「自分を優先していい」という考え方は広まっていますが、私がポラリティセラピーを学び始めた23年前は、そういう価値観はまだ浸透していませんでした。当時の日本は「いかに成果を出し、いかに社会で評価されるか」という他者軸の考えが主流で、自己犠牲が美徳とされるような時代だったと思います。だから余計に、ポラリティセラピーのクラスで教わった「自分の心が大切にしていることを大切にすることは、素晴らしいことだよ」という先生の言葉は新鮮で、尊いものを感じました。
──「自分が大切にしていることを大切にすること」と、“ニュートラリティー”の関連性について、もう少し掘り下げてお聞きしたいです。
ニュートラリティーとは、「どっちつかず」とは異なるものです。いわば「自分の中心軸」を心に持っている状態のこと。相対的なものさしではなく、自分なりの生き方を選択できるチカラです。それは、「何にも、誰にも縛られることのない、しがらみのない状態」ともいえますね。
私たちはつねに、「いいか・悪いか」「正しい・間違っている」という二元の世界、比較の世界に身を置きがちです。でもそんなときは、こんなイメージを描いてみてください。自分の心は、「+」「−」や左右がある線のかたちではなく、円でできている。しかも、その中心点には、「自分がとても大切にしているもの」がある。「大切にしているもの」とは、物質的なものや他者ではなく、体感覚やフィーリング、「こういう感触を私は大事にしたい」という、人生の質(クオリティ)のようなものです。
例えば、「ものづくりをすることを自分は大切にしたいんだ」という人であれば、自分がつねに創造的である、という感触を大事にする。そして、その時間を持てるような人生に整えていく。このニュートラリティーという心のありようが保たれていくと、自分のことだけではなく、「他者にも他者の、大切なものがある」と思えるようになっていきます。周囲の人をコントロールしたり、しがみついて執着したりすることもなく、自然と尊重し、調和できるようになっていくのです。
──たしかに社会全体がそうなれたら、とても豊かになりますよね。ポラリティセラピーでは、「ネガティブをネガティブと捉えない」という概念があるとも伺いました。
そう、それがすごく大事です。ポラリティは「極性」という意味を持つ言葉で、北極とか南極とか、プラス極とかマイナス極などの、極性のことです。そして私たちの体内にも、「プラス(+)、マイナス(−)、中性(0)のエネルギーポイントがある」と考えます。
これらがスムーズに流れていると健康でいられますが、ストレスや不調で流れが滞ると、心身に問題が起こるとされます。つまり、エネルギーは動いているからこそ意味があるのですが、私たちは物事の捉え方ひとつとっても、いつの間にか「正解はひとつだ」と思い込み、固定概念を持ってしまう思考のクセがあります。すると、体だけでなく心も、停滞してしまうことがある。でも、本当はそうじゃないんですよね。
そこで、「自分の大切なものが心の中心点にある」という、ニュートラリティーを保つことができる人は、心にゆとりが生まれます。起こる出来事に対しても、固定概念やしがらみもなく、あらゆる角度から見て最もポテンシャルの高い選択肢を選び取ることができます。例えば、以下のようなベネフィット(恩恵)が、人生にもたらされます。
◎「今、自分はどうすればよいのか」という優先順位が明確になり、問題解決(ソリューション能力)が高まる
◎仕事や家事など、やるべきことのパフォーマンスが上がるので、外部の状況に振り回されることなく、目の前のことに集中できる
◎自分のやりたいことは何か、心地良いものは何かが見えやすく、実際に行動に移せるようになる
◎ストレスマネージメント能力、ストレスリリース能力が高まる。
…など。
“ニュートラリティー”を保つことでもたらされる恩恵は、今すぐそうなりたい! と願うような内容ばかりでした。後編では、“ニュートラリティー”の心のありようについて、さらに詳しくお話を伺います。
*後編は、3月6日(木)に配信予定です。お楽しみに!
早志 享子(はやし・きょうこ)
Enbodiement Therapy Institute 代表/ ディレクター (株)OneRoots 代表 Japan Polarity Therapy Foundation 代表 Primitive Ranch 夙川 代表 Polarity Therapy RPE,BCPP
20 年のキャリアをもつセラピスト、プラクティショナー。米自然療法医師ランドルフ・ストーン博士(1890〜1981)が開発したホリスティック療 法「ポラリティセラピー」と、脳神経を守る「脳脊髄液」分泌液の流れを調整する手技 療法「クラニオセイクラルセラピー」という、2つの手技を独自に体系づけて活動。無意識の、深い根本部分に眠る心身の不調にアプローチするセッションは、クライアント からの信頼も厚い。講師として教えながら、海外講師のワークショップのオーガナイズや通訳、海外 でのワークショップなどを行う「エンボディメントセラピーインスティテュート」主宰。
公式サイト https://embodiment-therapy.life