【生きづらさを活かすヒント】「宮沢賢治」作品が悲しみを癒すワケ

【生きづらさを活かすヒント】「宮沢賢治」作品が悲しみを癒すワケ



HSPや発達障害、精神的ストレスなど――
ごく身近な“生きづらさ”を活かすためのヒント。
そして、繊細だからこそ見える、世界の美しさについて。
書籍や映画など、さまざまな知恵や芸術に学び、ご紹介しながら、
自閉スペクトラム症(ASD)当事者である編集/文筆家・国実マヤコが、つらつらと、つづります。


 

宮沢賢治が抱えていた“生きづらさ”とは?

「かなしみはちからに、欲りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし」
宮沢賢治『書簡(大正九年)』

岩手県花巻市で古物商を営んでいた父・宮沢政次郎の視点から、不世出の天才・宮沢賢治の家族を描く、映画『銀河鉄道の父』が公開され、話題を呼んでいる。父である政次郎を役所広司、宮沢賢治を菅田将暉が演じる注目作であり、わたしも映画館へ足を運ぼうと、楽しみにしているところだ。


(C)2022「銀河鉄道の父」製作委員会
映画『銀河鉄道の父』
公式HP:https://ginga-movie.com/

詩人、童話作家として、今でこそ日本を代表する作家のひとりとなった宮沢賢治だが、生前は “石っこ賢さん”とあだ名されるほど鉱物に魅入られ、ある時期からは熱心な法華経信者として信仰にのめりこみ、成人しても経済面で親を頼りつづけ、なにより――ほぼ自費で――出版した詩集『春と修羅』代表作『注文の多い料理店』はまったく売れず……そのわずか37年の生涯における“生きづらさ”は、周知の事実である。

(ちなみに『宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人』では、賢治のセクシュアリティにおける苦悩が明かされ、長らく『銀河鉄道の夜』という作品に腑に落ちぬものを抱えていたわたしを、おおいに納得させた)

さらに、生前の様子を評伝などで読むと、そのおどろくほどの真面目さと不器用さ、異様なまでのこだわりと衝動性、鋭敏な身体感覚、双極性障害を発症していたことなどから、宮沢賢治個人の特性として、発達障害のいずれかを有していたのではないかと、個人的に推測する。実際、そのように考察する識者も多いようだ。

それがいずれに起因するものであれ、賢治の生み出した作品に目を通していると、修羅に生き、もがき苦しみながらも、それでも希望に手を伸ばし続けた人でなければ、気づくことのない、ひとすじの光のようなものを感じるのである。


宮沢賢治の真実 修羅を生きた詩人』(新潮文庫)
著:今野勉

 

悲しみの土壌から湧き上がる、宮沢賢治のことば

さて、時代はすこし遡る。2011年3月に「東日本大震災」が起きたとき、わたしの脳裏をよぎったのは、岩手県の出身である宮沢賢治の“ことばの力”だった。なにげなく調べると、宮沢賢治は1896(明治29)年、2万人を超す犠牲者を出した「明治三陸地震」の2ヶ月後に生まれ、奇しくも、最期の年となった1933(昭和8)年に、病床にて「昭和三陸地震」に遭遇している。そう、宮沢賢治の生涯には、地震がまとわりついているのだ。

そこで、「東日本大震災」が起きたあと、冒頭の書簡のことばに触発されるかたちで、『かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば』(監修/齋藤孝、写真/奥山淳志)という書籍を企画、出版した。東北の美しい自然をバックに賢治の遺した珠玉のことばを味わう、手前味噌ながら美しい本となった。


かなしみはちからに 
心にしみる宮沢賢治のことば
』(朝日新聞出版)

監修:齋藤孝
写真:奥山淳志

監修を務めてくださった、明治大学文学部教授の齋藤孝先生は、宮沢賢治の“ことばの力”について、こう記している。

「(賢治のことばは)喩えるならば、痛みや悲しみを下地に湧き上がってくる、湧き水のようなもの。〈中略〉その悲しみの土壌から湧き上がり、染み出てきたものこそが、賢治のことばなのです。つらいこと、苦しいことがあるときは、本書のタイトル『かなしみはちからに』にもあるように、悲しみの土壌から湧き上がってきたことばこそが力を持ちます」

「通常であれば文脈を失うと意味も失ってしまうものですが、断片でも成り立つ宮沢賢治のことばこそ、本当の文学であろうと考えます」

わたしが宮沢賢治作品にみた、ひとすじの光。それこそは、齋藤孝先生のいう「痛みや悲しみを下地に湧き上がってくる、湧き水のようなもの」であった。その湧き水の一掬を、『かなしみはちからに』より、少しだけお届けしたい。

「泣くな。こんなことはどこにもあるのだ。
それをよくわかったお前は、一番さいはひなのだ。」
(『貝の火』)

「ぼくはきっとできるとおもふ。なぜならぼくらがそれをいま かんがへているのだから。」
(『ポラーノの広場』)

「もうけっしてさびしくはない
なんべんさびしくないと云ったとこで またさびしくなるのはきまってゐる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさと悲傷とを焚いて ひとは透明な軌道をすすむ」
(『春と修羅』〈小岩井農場(小岩井農場)〉)

「まことにひとにさちあれよ われはいかにもなりぬべし
こはまことわがことばにして またひとびとのことばなり。」
(『冬のスケッチ』)

生前の賢治のように、たった今、修羅のなかでもがき苦しんでいる人には、代表作『銀河鉄道の夜』のなかから、こちらの言葉を贈りたい。

「なにがしあはせか わからないです。ほんたうにどんなつらいことでも それがただしいみちを進む中でのできごとなら 峠の上りも下りも みんなほんたうの幸福に近づく 一あしづつですから。」

*次回は6月29日更新予定です。

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明日も、アスペルガーで生きていく。』(ワニブックス刊)
著:国実マヤコ 監修:西脇俊二


Written by 国実マヤコ
国実マヤコ

東京生まれ。青山学院大学文学部史学科を卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスに。
書籍の編集、および執筆を手がける。著書に、『明日も、アスペルガーで生きていく。』(小社刊)がある。
NHK「あさイチ」女性の発達障害特集出演。公開講座「大人の生きづらさを知るセミナー」京都市男女共同参画センター主催@ウイングス京都にて講演会実施。ハフポストブログ寄稿。
Twitter:@kunizane

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