それでも「女」の話がしたい

それでも「女」の話がしたい


こんなにも自分以外の「女」に関心があるのは、中高一貫の女子校で通い、6年女だけで暮らしたからもあるかもしれない。周囲のオタク女性たちに「インターネットで言えない」をテーマに匿名エッセイを寄稿してもらう同人誌「悪友」を作るようになったのも、わたしにとってはその関心の延長だったし、個人のライター活動でも、「平成女子のお金の話」「コスメ垢の履歴書」など、同じ関心からの取材を重ねている。今までの人生で自分になにがしかの肩書きをつけることにずっと抵抗があったわたしも、ようやっと「女にまつわる話をする編集・ライター」と名乗るようになった。

そうして、30歳。

なにか新しい角度で「女」に向かい合いたいなと思ったとき、わたしがたどりついたのは、周囲の女に、これまで同性に抱いた様々な感情をつづってもらう同人誌を作ることだった。「女と女」というタイトルで、10人以上の女に寄稿してもらったそのエッセイ集は、おかげさまで重版する売れ行きとなり、それを読んだワニブックスの編集者から「ひらりささん自身が、実在の女やフィクションの女に抱いてきた感情を書く連載をやりませんか」と提案いただくまでに至った。

他人にさんざん「女」の話を聞いたり書かせたりしておいて、正直、自分が「女」について真正面から語ることには、めちゃくちゃに抵抗がある。私は知見ある専門家ではないし、名の売れた有名人でも、既にファンがついている文筆家でもない。「女」をテーマにした本自体は世の中にたくさんあって、わたしがそこにないと思っていたのは「もっといろんな女の話」だったから周囲に頼んで原稿を書いてもらったり取材をさせてもらったりしてきたのであって、わたしがわたしの言葉で自分の「女」観を話しだしたときに、それが面白いのか全然わからない。「わたしが書く必要あるの?」とすら思う。もっとうまく書けるだろう書き手がたくさん思い浮かぶ。他人のためになるかもわからないし、もしかしたら正しくないことがたくさんあるだろうさえ感じる。自分のなかの、「女」への自認もためらいも憎しみも愛着もすべて、全然解体できていない。

 

それでも、この機会に、そのこんがらがったものと腹をすえて向き合ったら、もしかしたらわたしが「私」について見通せていなかったことに関して、靄が晴れるのかもしれない、という淡い期待はある。だからこれは徹底的にわたしのための連載なのだけれど、そのわたしの語りが、誰か他の人に響くことも、ちょっとはありえるかもしれない、とも思っている。「わたしが書く必要あるの?」と思っていたことに、何かしら、他の誰かが抱えていた孤独を解きほぐすヒントがあるかもしれない。だから「もっといろんな女の話」に、自分のことを加えていくような気持ちで、この連載を書いていこうと思う。一つのサンプルとしてのわたしの自分語りが、誰かの助けになることもあるだろう。

わたしがこの連載を書くことで、さらに「もっといろんな女の話」が聞けるようになればうれしいな、と思っている。


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Written by ひらりさ
ひらりさ

ライター・編集者。平成元年生まれのオタク女子4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。
劇団雌猫としての編著書に、『浪費図鑑』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。
個人としてもアンソロジー同人誌『女と女』を発行するなど、女性にまつわるさまざまなテーマについて執筆している。
初の単著『沼で溺れてみたけれど』(講談社)が発売中。

»https://twitter.com/sarirahira

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