【INTERVIEW】『君に幸あれよ』で初の長編映画を監督した櫻井圭佑。彼は2日間で脚本を書き上げ、20代を中心にしたスタッフ・キャストと共に2週間でこの作品を撮り切っている。その始まりと撮影の過程で見えてきたものを語ってもらった。

【INTERVIEW】『君に幸あれよ』で初の長編映画を監督した櫻井圭佑。彼は2日間で脚本を書き上げ、20代を中心にしたスタッフ・キャストと共に2週間でこの作品を撮り切っている。その始まりと撮影の過程で見えてきたものを語ってもらった。


俳優であり、写真家でもある櫻井圭佑が初監督を務めた長編映画『君に幸あれよ』。闇深い世界で出会った小橋川建演じる主人公・真司と高橋雄祐演じるその相棒・理人の生き様を強烈な熱量と勢いで描き出す。同時に、アンダーグラウンドな世界を描きながらも、どこか温かな空気が宿っているのも魅力だ。その始まりは、櫻井、小橋川、高橋の「映画を撮ろう」という思いだけだった。そして、櫻井はこう話す。「これは奇跡が連続した映画だ」と。

撮影/浦田大作 スタイリスト/水元章裕 ヘアメイク/Kohey(HAKU) 文/あらいかわこうじ

――最初に真司役の小橋川建さん、理人役の高橋雄祐さんが金髪になっている姿が浮かんだそうですが。

「撮影は僕が25歳の時、約2年前なんですけど、この作品は瞬間的に降ってきたものでした。撮影まで2週間という中で突発的に生まれた作品だったというか。役者として役柄にアプローチする時のように、最初に浮かんだのが金髪の真司と理人が並んでいるビジュアルだったんです。その瞬間のことは鮮明に憶えています」

――浮かんできた金髪の真司と理人は、並んでベンチに座っていたとか?

「これがポスタービジュアルの絵とほぼ同じで。その2人に真司と理人という名前をつけて、浮かんできたビジュアルの2人の関係性にインスパイアされながら、小橋川と高橋に当て書きしていきました」

――真司と理人。この名前も瞬間的に?

「そうですね。この2人は、真司と理人だと」

――そこから脚本を2日で仕上げたそうですが。

「今、思い返すと荒いところも、拙いところもいっぱいあります。でも、どうして2日で書けたのかは、2年経った今でも不思議です」

――上映時間78分の脚本。相当な文字数だと思います。

「小橋川と高橋、そして僕の3人で映画を作ろうと決めた日、僕は脚本を書こうと池袋のネットカフェにこもりました。でも、初めての脚本なので書けない。何から書けばいいのかが分からない。そして、何も書けないまま朝が来て始発電車に乗ったら、なぜか物語の最初から最後まで浮かんできたんです。それをスマホにメモして、脚本の形に仕上げていきました」

――全体像が見えたのは、電車の中だったんですか。

「電車の中でスマホにメモしただけで、80シーンくらいになっていたと思います。後は、そのシーンにセリフという言葉を吹き込めばいいのかなと。でも、やっぱり最初は拙いものだったので、クランクインまでに何度も改稿しました」

――エンディングも最初から浮かんでいましたか?

「最初から考えていました。国内外を問わず、観客に答えを与えない作品があるじゃないですか。でも、僕は王道の映画が好きだし、何か寄り添えるものにしたくて。最後まで見た人の気持ちがその1シーンで変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。もちろん、賛否両論はありました。それを削るのか、削らないのか。それでもあのエンディングを最後に置いておきたかったというのは、初監督だからこそのこだわりです。そういう仕掛けを最後にしています」

――それは3人で映画を作ろうと話した時に出てきたものですか?

「3人で話した時は何を描こうかということよりも、小橋川主演の映画をどうやったら撮れるのかが最大の主題でした。そこで2人が“監督と脚本は、圭佑に任すわ”と」

――櫻井さんはどう答えたんですか?

「脚本を書いたこともなければ、監督をしたこともなかったのに、“OK。じゃあ書きます”と答えていました。そこからネットカフェです」

――ある意味、丸投げだったんですか。

「丸投げでした(笑)。でも、それは、ある意味で3人の空気感だからこその流れだったと思います。不確かなものですけど、何かやれるとどこかで信じていた気がします。3人揃って、それくらいバカになっていたんでしょうね」

――インまで2週間ですが、改稿だけが監督の仕事ではないですよね?

「ロケハン、キャスティング、衣装合わせ、本読み、リハーサル……、あの2週間のタイムスケジュールを僕も振り返りたいです。どうやったんだろう? ただ、全てが同時並行で動いていました」

――スタッフは以前からの知り合いですか?

「いやいや、撮影監督の寺本(慎太朗)との出会いから偶然でした。高橋と僕が下北沢でお茶をしています。そこにこの作品にも出演している浦山佳樹が入ってくる。彼と一緒に、クマさんのような体格のニット帽を被った男性がやって来る。それが寺本で。最初は挨拶をしただけだったんですけど、“俺達、カメラマンが必要だよな”と気づいて、呼び戻した寺本を居酒屋で口説きました。そこからは彼とよく組んでいる照明の渡邊大和と撮影助手の長橋(隆一郎)が加わって、凄い勢いでスタッフは揃いました」

――それだけでも奇跡のような作品です。

「僕は奇跡が連続した映画だと思っています」

――ちなみに、演出の経験もないですよね?

「根拠はないんですけど、演出だけは絶対に出来るのかもと思っていました。だから、俳優部にも技術部にも、僕がOKしたものを信じてほしいと最初に伝えたんです。それを共有出来たと感じたのは、1日目の演出が終わった後でしたね。とても厳しい技術部だったんですが、“大丈夫だね”と。そこでみんなのベクトルが同じ方を向いたなと思いました」

――演出する上で、意識していたことはありますか?

「何よりも僕が楽しむことです。そのために俳優部でも技術部でも、“この芝居、こっちの方がいいんじゃない”“こっちもいいよね”と提案してきたことは、まず全部受け取ることにしました。その上で、めっちゃいいねと思ったものはやってみる。それからカット割り、映像、音、照明の部分は“分からないんだけど”を大切にして、教えてもらうようにしました。すべてが知らないことだったので、そうやって楽しむことは僕が監督として現場に立つための軸だったのかもしれないなと思います。ただ、大前提として俳優部が凄く優秀だったので、今回の僕はほんの少し調整するだけでした」

――芝居でほんの少し調整した部分というのは?

「セリフの部分も調整が必要でしたけど、それ以上にセリフのない俳優の動きは意識していました。例えば、真司に“煙草を買ってきてくれ”と言われるまで理人は何となく自転車を見ています。理人が煙草を買いにいったら、真司は何もしないで待つことも出来るはずです。でも、理人が残した存在感があるので、何を見ていたんだろうと真司も自転車を見て頭をかしげる。そういうキャラクターに合う動きや表情にはこだわっていたと思います」

――撮影中、真司と理人の空気感を維持するのは難しかったと思いますが。

「僕は、人は一貫性がないよなと思っているタイプです。そういう意味で、真司と理人の空気感を維持しようとは思っていませんでした。それに役者の技量も含めたケース・パイ・ケースですけど、今回に関してはシーンがちゃんと繋がるのか、そのシーンの芝居は本当に大丈夫だったのかというのは、あまり考えすぎないことも意識していました。そんなふうに考えられたのは、初日の段階で役者のアベレージが相当高かったからです。それぞれ持ってきたものが素晴らしくて、僕が芝居で何かを意識する必要もないくらいでした」

――撮影中、予定とは異なるトラブルはありませんでしたか?

「トラブルというか、僕が妥協しかけたのを止められたことがありました。真司が腹を決めて暴走しようとするのを、大切な存在が止めるシーンです。その撮影が深夜になってしまって、みんなは極限状態でした。そこで僕も妥協しかけていたんです。“芝居も良かったし、もういいんじゃない”と。その時、撮影の寺本が初めてキレました。“いいの? 俺は無理だよ”と。それまでは僕のOKがすべてだったんですけど、それが崩れたんです。でも、僕はそう言って粘ろうとする寺本の姿にめちゃくちゃ嬉しくなりました。結果的にその粘りは生きると同時に、自分の甘さに気づくいい機会でした。撮影の中日だったんですけど、そこからまた引き締まった記憶があります」

――ひとつの作品を撮り切って、映画に対する捉え方は変わりましたか?

「制作する側にいて感じたことしか言葉には出来ないですけど、自分が台本を書いた時、『君に幸あれよ』は僕だけのものだったのかもしれないですよね。それが俳優に渡って彼らのものになる。スタッフの元に届くとスタッフのものになる。そして、人の思いや技術が加わって映画という総合芸術になっていく。公開までのプロセスを振り返ると、下から上にとてつもない広がりを感じました。その一番下にいた僕にとって俳優部、技術部、制作部といったパズルのピースが積み上がって、逆三角形に広がる様を体感出来たのは大きかったです」

――この作品を観客に渡した時、どういう広がりを見せるのかも楽しみですか?

「誰かのものになりますけど、意外と怖さはないんです。もちろん、色んな映画評論家の方や俳優部に観ていただいて、そこから出てくる意見はすべて受け入れます。厳しい批評でも、とても嬉しい感想でも。それは、小橋川、高橋、僕の3人で決めたことです。客観的に見たら、これってめちゃくちゃダメなことかもしれないと思います。だけど、僕らはこの映画を撮って、既に救われたんですよ」

――撮ったことで、救われた?

「最初は劇場公開なんて目標には出来なかったし、映画を撮り切ることがすべてでした。そうやって映画と向き合う時間があったことで、僕らは表現する者として救われたと思っています。だから、僕らはこの映画が好きという気持ちを絶対になくさないようにしようとずっと言ってきました。その『君に幸あれよ』が色んな人に観てもらえる機会を得たことが、僕は本当に嬉しいです」

衣裳協力:コート¥94,600、ニットベスト¥37,400、シャツ¥52,800、パンツ¥49,500(すべて08サーカス/08ブック 03-5329-0801)、シューズ¥29,700(ぺダラ/アシックスジャパン お客様相談室 0120-068-806)、他スタイリスト私物

 ●プロフィール
櫻井圭佑/さくらい・けいすけ
1995年10月16日生まれ、埼玉県出身。16年、俳優デビュー。ドラマ『初めて恋をした日に読む話』、NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』などドラマ・映画を中心に活動している。また、19年からは写真家としての活動も始め、恵比寿、日本橋、目黒のギャラリーで三度の個展を開催。映画監督しては監督・脚本・編集を務めた本作でデビュー。その後も短編映画・MV(共も解禁前)などを撮り、精力的に経験値を積み重ねている。


 ●作品紹介
『君に幸あれよ』
監督・脚本・編集/櫻井圭佑
出演/小橋川建 高橋雄祐 玉代勢圭司 海老沢七海 久場雄太 浦山佳樹 鈴木武 二宮芽生 松浦祐也 諏訪太朗 中島ひろ子

巷で“狂犬”と呼ばれる男・真司(小橋川建)は、債権回収など裏稼業で生計をたてる日々を送っていた。大切な舎弟を亡くすという過去を引きずる彼は、人に興味を持つことを避けるように生きている。ある日、そんな真司が面倒を見ることになった不思議な青年・理⼈(高橋雄祐)が彼の心を癒し始める。しかし、真司の過去が原因で理⼈が事件に巻き込まれ、彼の心に再び激しい何かが湧き上がり……。
2月4日(土)より全国順次公開