【前編】ミニマリズムで自由を増やす「ミニマルライフコスト」とは?


2017年4月『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』のアメリカ版『Goodbye,Things』の発売を記念した講演会がNYで開催され、盛況のうちに終演しました。

その講演会の様子を前後編にわたってお届けします。

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こんばんは、佐々木典士です。本日はお集まりいただきありがとうございます。

ここでお話しするのはちょっと不思議な気持ちです。というのも僕は「ミニマリスト/ミニマリズム」という言葉を、アメリカを通じて知ったからです。アメリカを通じて知り、日本の仏教や禅の影響を受けながら日本で育ったのが、ぼくのミニマリズムです。ぼくが書いた本は『Goodbye,Things』というタイトルの本ですが、ぼくは今でもモノがとても大好きです。物が好きすぎて、以前はこんな部屋に住んでいました。

 

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とっても汚い部屋ですよね。僕はモノを集めるのがとても好きでした。趣味のカメラを数十台集めたり、弾けもしない楽器をずっと置いていたりました。(会場笑)

服もたくさんあって、いつも脱ぎっぱなしでした。モノの管理ができないせいか、ストレスがたくさんあって、夜遅くまでお酒を飲みながらゲームをしたり映画を見たりするのが好きでした。本は1000冊くらい持っていて、部屋にあふれかえっていました。CDやDVDも数百枚ずつ持っていました。カメラが趣味だったので一時期はキッチンを改装して暗室を作っていました。

本当に物を買うのが大好きでした。ある日のぼくの会社のデスクの椅子の上には、

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Amazonタワーができていたんです。(会場笑)

このときは自分でも引いて、思わず写真を撮りました。中身はたぶん本かDVDかだったと思いますが、封を開けた瞬間に喜びが終わったり買っただけで満足したものが多かったと思います。

モノを増やし続けた結果、モノに時間もエネルギーも吸い取られていきました。物を集めるのは得意でしたが、管理は不得意でした。掃除はできず、部屋はとても汚れていました。管理できていないモノがあると、そのモノから語りかけられているような気がしたんです。

 

洗い物ができていないとその皿から「ほんとにだらしない奴だな」と言われている気がしました。手を付けられていない英語の教材があると「またお前は諦めるのか」と言われている気がしました。そんな風にその頃はとにかく自分がダメな人間だと思っていました。自分のことが嫌いだったとさえ思います。引っ越したくてもモノが多くて面倒だし、ずっと同じところに留まり続けていました。そして人生すら停滞しているような気持ちになっていました。

 

そんなときに出会ったのが「ミニマリスト」という言葉でした。ミニマリストの身軽さや自由さに憧れて、少しずつ物は減らしていきました。そして部屋はこうなりました。

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よく下のほうが引っ越した直後の部屋ですねと言われるのですが、上の写真から下の写真に変わったんですね。ミニマリストとの出会いから1年ほど経っていました。すぐにいろいろ捨てられたわけではなく、それなりに時間がかかったんですね。僕の持ち物を数えてくれた珍しい人がいて、しょうゆ1本ドレッシング1本を1つと数えて今はおよそ300ほどの物で生活していると思います。

 

こういう生活をみて全然共感できない人もいると思います。みすぼらしいと思う人もいるでしょう。ぼくも以前は豪華な生活にあこがれていたこともありました。眺めのいいタワーマンションに住んで、高級車に乗っているほうが幸せなのかな、と思ったこともありました。モテそうではありますよね(会場笑)

 

好きだった女の子が高収入の男性と結婚して、落ち込んだこともありました。景気の悪い出版業界に勤めていたので、自分も給料のいい証券会社などに勤めていた方がよかったのかなと思ったこともありました。自分の人生を、選択を失敗したのかなと思い始めていました。そんな風に自分のもやもやした気持ちを見直すべき時にきていたんだと思います。

 

つまり、僕はミニマリズムを通じてすっきりした生活をしたいと思っただけではなく、幸せとはいったい何なんだろうということを考えたかったということです。

例えば、お金に関して面白い実験があります。

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これは、どちらの年収を選びますか?という質問です。平均年収が10万ドルのときに自分の年収が7.5万ドルを選ぶか、平均年収が2.5万ドルのときに自分の年収が5万ドルを選ぶか、というものです。皆さんはどちらを選びますか?

実は、多くの人が5万ドルのほうを選ぶというんです。もらう額は上のほうが多いのに、変ですよね。つまり絶対的な額面の大きさではなく、いかに人が他人との比較で物事を選んでいるかということです。自分が基準の幸せではなく、いかに他人から見て幸せに見えるか、という基準で選んでいるということです。みんながこんな風に選択するなら、確かに全体の豊かさが上がっても、幸せに感じる人は少ないのかもしれません。

 

では、飛びぬけて自分一人がたくさんのお金を得られたときはどうでしょうか。例えば、宝くじに当たったら幸せになれるでしょうか? 宝くじに当たった人がその後どうなるか追跡調査した面白い研究があります。最初の数か月はとても楽しむそうです。車を買い替えたり広い家に住んだりしてその変化を楽しみます。しかし数か月もすると宝くじが当たる前のその人の幸せの基準に戻ってしまったというんです。

 

なぜかというと、新しく手に入った環境にもすぐに慣れてしまったからなんですね。全ての人には幸福の基準点のようなものがあると言われています。良いことがあっても、悪いことがあっても、その基準点に次第に戻っていく。その人の適正体重のようなものですね。宝くじが当たってよくないのは、人間関係が失われるということです。よくわからない親戚が増えたり、仲の良かった友達との距離ができてしまったりします。後程お話しますが、人間関係というのは幸せに大きく影響すると考えられています。その大事なものがお金によって失われてしまうこともあるということですね。

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従来の幸せのイメージは例えばこんな3つではないかと思います。【お金、物質的な物、地位】ついつい人はここに幸せがあるのではないかと思って求めてしまいます。でも実際には幸せにそれほど関係しないものです。これらに共通する要素は、全てその状態に慣れてしまうということです。いくら収入があっても、豪邸に住んでも、いずれその環境に人は慣れてしまいます。

 

慣れてしまうから、次に新しいものを求め続けてしまう。それは蜃気楼のように辿りつかないものでもあります。またこれらに共通する要素は、すべて数字に置き換わってしまうということです。収入やものは当然数字に置き換わります。名誉や地位といったものも、例えばSNSのフォロワー数やいいねの数で測ることができます。数字にきちんと置き換わるので、目標になりやすい。そして数字になるからついつい人と比べやすくなってしまいます。人と比べるというのは、本当に不幸の始まりですね。

 

後編は6月23日(金)更新予定です。

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※本文は、2017年4月N.Yで行われた講演の一部を抜粋して掲載しております。