【オタクあるある】推し活と承認欲求
推しのおかげで毎日が楽しい! だなんて綺麗ごとではないのか。時にはお金を払って対象を消費する行為を疑い、自己嫌悪に陥ることもある。
そんな美醜と向き合いながらも、最後は「なんだかんだ言って、オタクって救済だよね」に着地してしまう。
酸いも甘いも噛み分けたオタクなコラムニストが赤裸々に綴るオタクエッセイ。
BOOKOUTをご覧の皆様、こんにちは。コラムニスト/ライターの山野萌絵です。第三回のテーマは「推し活と承認欲求」。しばしお付き合いください。
ここまでの連載をお読みいただけると大体わかるであろうが、前置きしておきたいこととしては、私が展開する、「推し活」の話における異常執着行為の定義はかなり狭いかもしれない。今回は共感できない人にとっては訳がわからないが、共感できる人には激しく共感できる話になるかも……?
▼過去の回はこちらから
第一回「【新連載】そもそも推し活という言葉に違和感がある件」
第二回「【令和の推し活ブーム】……推し活にも才能はいる」
SNSから芽生える承認欲求

令和の推し活において、切っても切り離せないオタクとSNSの関係性。
「有名オタク」という意味不明なものまで存在している。まあ筆者自身がもともと「有名オタク」のジャンルから紆余曲折を経てライターになったのだが……古くはアイドルの親衛隊から成り上がる者、平成の世にはメルマガを開設したりホームページを作ったりする者なども存在した。しかし、それにしても令和の世ではオタクがオタクのSNSに簡単にアクセスできすぎる。承認欲求を抱かない方が無理があると言えよう。
持論としては、推し活というのは、かけるお金次第で何者でもない人が「何者か」になれてしまう行為なのだ。「認知」も究極的に言ってしまえば、自分という存在を他人という推しに承認させる行為じゃないか?
かなり不確実で不安定な承認ではあるけど。
この世には「前列ガッツ」とか「最前ガッツ」と俗称される種族が存在する。端的に言ってしまうとタレントの視界に入りファンサを獲得するために、はたまた芝居を近くで見るために(ごく一部に違う目的がある場合もあるが)、ありとあらゆる手段を駆使して何らかの公演の前列に入り続ける種族である。
前列ガッツの心理、最初は意外と純粋に「推しを近くで見たい」というものだったりする。まあ「前列じゃないと推しがファンサをくれない」という必要性に迫られての場合も多いと思うのだが……。
だが前列ガッツを続けてSNS上で「いつも前列にいる人」になってしまうと、周りの目が気になって「いつも前列にいる人」のポジションから降りられなくなったりする。プライドの高い人間の方がこの心理に陥りやすい。
認知は推しのため? 自分のため?

「いつも前列にいる人」を続けていると、もはや「前列にいる自分が好き」という心理になってきたりする。
これ、全然そうはならない人もいるので難しいところだが、仕事に置き換えるとわかりやすいかもしれない。最初は純粋に仕事を頑張っていたはずなのに、だんだん「仕事ができる自分が好き」になっている人、心当たりがありませんか?
「認知」だってそもそも、「推しが自分を認知している」のも大切だが、「推しに認知されている自分」というのも大切なのだ。私が思うに、推し活というのは「推し」が主語のようで、実は自分視点でしか物事を見ることはできないし、自分の人生なのだから案外「自分」が主語だったりする。
個人的には、推し活というのは徹頭徹尾自己満足のためにやるべきだと思っているので、「推しのため」という美徳を掲げる人は好きじゃない。でも、「推しのため」と本気で思いつつも実は自分のためにオタクをしている人も結構いる……これを見分けるのが難しいところなのである。
怖いことに、前列ガッツを続けていると「いつも前列にいる人」になってしまい、後列に入る時にかなり本気で「こんな席に入ると恥ずかしい」という心理になったりする。かくいう筆者も一時期その状態であった。
持論であるが、この状態から抜け出す処方箋としては満足いくまでやり抜くしかない。満足いくまでやり抜こうとすると、普通に借金を抱える場合もあるので難しいが、同じ「病」に悩んでいる方がいれば飽きるまでとことんやり抜いてみることを私はおすすめする。憑き物が落ちたようにどうでもよくなる日というのがいつかは来るのだ。その「いつか」が明日なのか、10年後なのかは保証できないが……。
※お金は計画的にご利用ください。著者及び弊社が読者の皆さまに推奨する意向ではございません。
承認欲求を駆り立てる「マウント」

推し活とSNSから切り離せない皆さんのお悩みといえば「マウント」である。なんと推し活におけるマウントというのは世の中的には大問題らしく、高校生新聞でまで特集されているから驚愕だ。……他に特集することはなかったのか?
「『こんな推し活はやめて!』他人の推しを否定、マウント、マナー守らないファン」
(23/01/18 https://www.koukouseishinbun.jp/articles/-/9612)
SNS上に氾濫している有名オタクの「すごい対応の話」。すごい対応の話を見ると誰しも羨ましくなってしまうのは人間心理の必然である。
ただ難しいのは、マウントっぽい発言というのは、結構本気で書いている側はマウントだと思って書いていない場合がしばしばあるのだ。本人にとっては「これだけお金をかけているのだから当然してくれている対応」だったりする。
そもそもなのだが、よほどそのオタクが特別でなければ、Aというオタクにファンサができる演者はBというオタクにもファンサができる「能力がある」ということになる。そのため、実はSNS上でファンサの話を書かれている演者というのは、「再現性のある演者」であったりする。
私がこれだけお金をかけるとこうなるんだから、別にあなたもお金をかければこうなれますよ? と思って「マウントっぽいこと」を書いているので、本人はマウントだと思っていない場合があるのだ……それがマウントの本質ではないか? と言われたらそれまでであるが。
私が思うに、すごすぎる対応の話というのは、SNSには書けない。というか推し活におけるすごすぎる話は、ネットには基本的に書いていないのだ。すごすぎる話を知るにはオタクの鍵垢を見られるくらい仲良くなるか、オタクの飲み会に潜入するのが一番早い。
逆に言うと、すごすぎる対応の話をSNSに書いている人には、色んな意味で気をつけた方がいい。実は全然すごい対応をされていないか、もっとすごすぎる対応をされまくっているので隠し球がまだあるかの二択だからである。
オタクの公開アカウントに書いてあることというのは「書ける話」しかないのだ。承認欲求のために「書きすぎる人」もいるので注意が必要だけど、本当にすごい人のすごい対応というのは意外とSNSには書いていなかったりするので、本質はもっと怖い場合も……あるぞ!
※オタク文化のリアリティを追求する本連載の特性を鑑み、表現の意図を尊重して掲載しております。本文は著者の見解に基づく内容であり、著者及び弊社が読者の皆さまに推奨する行為、意向ではございません。
次回は「推し活とルッキズムの話」。どんどんとディープになっていく……。
illust./イラストAC
*次回の更新は5月27日(水)予定です。
山野萌絵(めりぴょん)
ライター/コラムニスト。オタク。はてなブログや文学フリマで好き放題書いていたところ、なぜか2019年に商業連載デビュー。普段はnoteや同人誌で活動中。
X(旧Twitter) @_a030
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