【後編】1年間の“期間限定別居”を選んだ
イラストレーターちゃずが語る
加計呂麻島一人暮らしのリアル


2018年3月から思い切って鹿児島県奄美群島の加計呂麻島に移住したイラストレーターのちゃずさん。夫のけんちゃんと愛猫のキナコモチを東京に残し、離島での一人暮らしをスタートさせました。移住のきっかけと、そこに至る葛藤などを伺った前編。今回は移住1年目、島暮らしのリアルに焦点をあててみたいと思います。【前編はこちら

自宅の庭でバナナを収穫!?

――もう、なにからなにまで、東京や大都市とは違いますよね?

「はい(笑)。ちょっと大げさですけど、共通点を見つけるのが難しいくらいです。ざっくり〈自然〉〈人付き合い〉〈習慣〉――このどれも違いや驚きがあり、慣れるまでにしばらく時間がかかりました」

――自然はまぁ分かりますよね。

「海や空の美しさったらないですよね、もう! 身近な草花、というか庭に生えている植物からして大違い。バナナが生えているんですよ!」

――うわぁ! 庭にバナナが生えている家って、初めて聞きましたよ!

「もちろん、私もです(笑)。家主さんのご親戚が育てているんです。夏の収穫はワイルドなものを見せてもらいました。かまでガッと幹を切り倒して、大きな房をいただきました。採れたてのバナナを食べる経験は、これからの人生でもうないかもしれません」

――食べ物はやはりおいしそうですよねぇ。

「マムさんのパートナーのヘイ兄(にい)が釣り好きで、釣れすぎたらお魚を分けてくれるんです。刺し身にしたり、お味噌汁にしたり、自然の恵みは豊かです。ただ、こっちの郷土料理で、ヤギの肉を煮込んだヒンジャー汁だけは苦手です。スープはおいしいんですが、ニオイというか獣臭がありまして……」

――まぁ、くさやだったりドリアンだったり、ニオイ系はなかなか克服できませんもんね。でも、郷土料理をふるまってもらえるほど、地元の方とは仲良く? どうやって距離を縮めたんでしょう?

「マムさんのおかけですよね。私は、移住の先輩がいて本当に助かっています。あと島に来て思ったのが、島暮らしは意外と忙しいんです。全然、のんびりじゃない(笑)。もちろん私も経験しましたが、移住民の歓迎会だったり送別会だったりが頻繁にある。さらに入学式、小学校の授業参観、運動会、海岸清掃……など、100人程度の集落ですが、行事を挙げればきりがありません」

――運動会まで参加する?

「集落総出です(笑)。小学校の子供は少ないので、大人の方が多い。郵便局の局員さんも、運動会に出てから配達していたり」

――楽しそう。

「名前の呼び方も気に入っています。この島では目上の人を〇〇兄(にい)、△△姉(ねえ)と呼ぶので、ぐっと距離が縮まりやすいんだと思います。名前をうろ覚えの場合も、『こんにちは、姉さん』ってあいさつすれば、ごまかせます(笑)」

台風直撃で家はガタガタ揺れ、数時間におよぶ停電も

――海も近くて、素晴らし自然ですが、やはり脅威もありますよね?

「やはり台風には驚かされました。直撃すると、もう大変。かなりの確率で停電してしまいます。東京では数分の停電しか経験したことがありませんでしたが、こっちでは数時間単位。慣れたら怖くはないのですが、とにかく暇で……。知り合いは家族で肝だめしをしたり、大声で歌ったり、お酒を飲んだり、それぞれの楽しみ方をしているようです」

――直撃自体は平気なんですか?

「いえいえ、人生最大級の大きさと揺れで正直泣いてしまいました。ゴロゴロ、ザーザー、家がミシミシ……音がすごくて外で流れている放送も聞こえません。一応逃げることができる格好で布団に入りましたが、とても寝れません。寂しくなって、泣きながらけんちゃんに電話してしまいました」

――インスタグラムの動画見ましたけど、すごかったですよね。

「でも、島の人にとってはいつものことらしく、ケロッとしているんですよね。酒盛りするつわものもいるくらいです」

――ほかに大変だったことって?

「トイレと虫でしょうか。トイレは汲み取り式なので、1~2カ月に1回、バキュームカーに来てもらわないといけないんですよ。うっかり忘れたりすると、外にあふれることもあるそうです……。あと、虫がとにかく巨大なので、始めの頃はとまどいました。家中に大量発生するんですよ」

――バナナがなるほどの庭ですからね。

「あと、フェリーは島民にとって欠かせません。加計呂麻島にはスーパーがないので、本当に買い出しに行く必要があるんですけど、強風の場合は欠航しちゃうんです。そうしたら海上タクシーに乗るしかないんですが、こちらは片道4000円! なかなかよく揺れるんですが、島の皆さんは平気な顔しています」

奄美は実は、物価が高め(?)

――ちなみに、島暮らしにかかるお金の話も聞きたいのですが?

「大事ですよね。ざっくりとした固定の出費は以下の通りです。

・家賃1万円 
・水道代約2000円
・電気代約3000円
・ガス代約3000円~7000円(プロパンなのでちょっと高いかもしれません)
・フェリー片道360円(奄美本島―加計呂麻島) ※島民は270円
・バス片道250円(集落―港 間)
・集落活動費約1万円(年間)
・ボットントイレの場合は汲み取り代2200円(1~2カ月に1回)」

――東京暮らしでは考えられない安さですね!

「マムさんを通じて借りたおうちは、庭付きの平屋で1万円。都内の家賃に比べて安くてびっくりです。感謝しかありません。ただその代わり、不動産屋さんを通しているわけではないので、トイレが壊れたり、台風で屋根が飛んだ場合は、自分で直さないといけません。とはいっても、みんなで助け合うのが加計呂麻島の皆さんなんです。この夏にはマムさんの家の屋根が吹っ飛びましたが、有志が集まってなおすのを手伝っていました」

――温かいエピソード。

「あと、島にはコンビニがないので、買い物は基本的にフェリーに乗って奄美本島へ。そのたびに交通費がかかるし、物価は少々高めです。物によっては都会の3倍近くすることもあります。ただ移住してからはほぼ毎日自炊になったし、お金がかからない遊びがたくさんあるので、以前よりも出費は断然減りました。散歩が好きなんですが、島の満月は“明るい”んです。島は灯りが少ないからでしょうね。のんびり月光浴なんてのも素敵ですよ」

別居で気づいた夫への愛情、感謝

――うらやましいことばかりですが、そろそろけんちゃんのお話も聞きしたいです。

「そうですよね。ここまでだけだと、なんだか好き勝手一人で暮らしているように見えちゃいますね(笑)。どちらから言ったというわけではありませんが、けんちゃんとは毎日連絡を取っています。なんとか円満に別居ができているのは、インターネットや携帯電話があるおかげだな、ともつくづく感じています。もちろん、直接会って話すに越したことはありませんが、毎日ビデオ通話をすることで、お互いの毎日が想像しやすくなります。その分、通信容量の減りは早いですが」

――どんなお話を?

「ほんとたわいなくって、『何してる?』とか『何食べた?』とか。あっちはマックのポテト、こっちはそこらへんになっている木の実、なんてことも(笑)。ビデオ通話にして、ふたりが無言で過ごすこともあります」

――斬新ですね。

「けんちゃんが仕事中だったりすると、マウスを押す“カチカチッ”って音が、一緒に住んでいたときの記憶をくすぐって、なんだか落ち着くんです。まぁ、油断していると、女性らしくないうがいを見られたりするんですが(笑)」

――寂しくはない?

「一緒に住んでいるときは、一緒にいることが当たり前だったので、けんちゃんがいなくて寂しい! という気持ちを、移住したことで、久しぶりに感じることができたんですね。これは新鮮ではありました(笑)。東京にいた頃はちょっと不安定だった気もしますが、別居してそれぞれの生活を始めてみると、『将来はこんなことがしたいね!』とか『子供ができたらさぁ~』なんて自然と話せるようになったんです。離れて暮らしている分、将来の話をしている時間はとても安心できます。感謝の言葉を交わせるようになったのは大きな変化。私は別居をする前よりした後の方が、けんちゃんとの心の距離は近くなったと思います。それに、ちょこちょこお互い行き来はできているので、すご~く寂しいというのは、今のところはないかもしれません」

――それでは最後に。そろそろ移住のリミットも近づいていると思いますが? 4月には東京へ?

「悩ましい質問ですねぇ。もう少し加計呂麻島で生きたい気持ちと、東京でけんちゃんと暮らしたい気持ちで、正直揺れているんです。ただ、最近は彼が海外留学をしたいって言いだしたりして……決めかねてはいます。ふたりで『俺たち似た者同士だなぁ(だねぇ)』なんて笑いましたが、お互いマイペースに同じ道を歩んでいけたらいいなぁとは思っています」

 

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ちゃず
フリーイラストレーター。既婚。2018年3月から単身、奄美群島・加計呂麻島での移住生活をスタートさせる。現在は書籍、雑誌でほかで活動している。2018年10月には東京・原宿で個展を開催。インスタグラムでは自身の移住体験記をほぼ毎日更新中。フォロワー8万9000人。