切り裂かれた女たちのアーカイヴ #それでも女をやっていく

切り裂かれた女たちのアーカイヴ #それでも女をやっていく



会社員、フリーライターであり、同人ユニット「劇団雌猫」として活動するひらりささんが、「女」について考えるこの連載。
今回は留学先のロンドンで気づいたことについて、綴っていただきました。


 

9月からロンドンに来ている。大学院でジェンダー論を専攻しているのだが、こちらの人に「どうしてここを選んだの?」と言われても、うまく答えられずにいた。

先にロンドンで暮らしたいと思い、そこから自分の関心にあった大学院を探した。この街に来るのは、これが5回目だ。ドラマ「SHERLOCK」にハマっていたとか、美術館や劇場がたくさんあって楽しいとか、大きな川がある土地が好きとか、細かい理由はすぐ浮かぶものの、どうにも自分でもしっくり来ていなかった。

▲ドラマ「SHERLOCK」オープニングでも印象的な観覧車・ロンドンアイ(著者撮影)

まだ英語はうまくしゃべれない。他人の言葉もよく聞き直す。でも、テムズ河まで地図を見ないで歩けるようになったし、ウエストエンドのミュージカルを最安で押さえる方法を知った。買いたいものによってスーパーマーケットを使い分けられるようになったし、トラファルガー広場のそばで世界一美味しいジェラート屋を見つけた(「世界一」は店の自称なのだが、嘘偽りなく美味しかった。毎日食べたい)。

ようやく身体に街のリズムが刻まれ始めたハロウィンの週末、ソーホー地区で映画を観て、ゾンビや悪魔のコスプレをした若者たちの間を縫って歩いているとき、脳内で何かの歯車が噛み合ったのか、喉元に押し出されてきた言葉があった。リッパロロジスト。そうだ。わたし、中学の頃リッパロロジストに憧れていたのだった。

 

「切り裂きジャック」の街・ロンドン

リッパロロジストといっただけでは、意味がわかる人は少ないだろう。英語で綴ると“Ripperologist”、日本語に訳すと「切り裂きジャック(Jack the Ripper)研究家」となる。切り裂きジャックは、1888年にロンドン・ホワイトチャペル地区で猟奇殺人を繰り返したシリアルキラーの通称であり、リッパロロジストはその正体を探る愛好家のことである。犠牲者から子宮などの内臓が持ち去られたり凄惨に切り刻まれたりしていたことや、新聞社や警視庁に犯人からと思われる挑発的な手紙が届いたこと、様々な模倣犯を生み出したこと、それにも関わらず真相が不明のまま100年以上が経ってしまったことなどから、「切り裂きジャック」はもはや実在事件の加害者を越えて、偽史や風聞、都市伝説、そこから生まれたフィクション群のイメージすべてを覆う概念となっている。近年だと、人気ソーシャルゲーム「Fate/Grand Order」でもキャラクター化されていた。

わたしが切り裂きジャックを知ったのは、映画館で「名探偵コナン ベイカー街の亡霊」を観た時のことだった。2002年に公開され、「名探偵コナン」の劇場版アニメの中でも屈指のヒットとなった本作は、ゲーム開発者刺殺の謎を解くためにコナンたちがバーチャルゲームの世界に入り、仮想空間中のロンドンを、シャーロック・ホームズの力を借りて奔走するというストーリー。現実世界と仮想空間双方で展開する推理や、暴走した人工知能によるゲーム世界への介入なども非常に面白かったけれど、わたしを大きく引きつけたのは、バーチャルゲーム空間として描かれた大英帝国時代のロンドンと、その深い霧の中を跋扈するヴィラン、切り裂きジャックの存在感だった。その頃わたしは、「名探偵コナン」を入り口に、シャーロック・ホームズやミス・マープル、青い鳥文庫の「パスワード」シリーズなどをひとしきり読んで、西尾維新の「戯言」シリーズなどの新本格ミステリに手を伸ばし始めたところだった。ぎすぎすした家庭やままならない思春期の鬱屈から逃れるのに、遠く離れた帝国を実際に跋扈した正体不明のシリアルキラーは魅力的すぎた。

▲19世紀に造られた、大英帝国の繁栄の象徴・トラファルガー広場(著者撮影)

1 2 3
Written by ひらりさ
ひらりさ

ライター・編集者。平成元年生まれのオタク女子4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。
劇団雌猫としての編著書に、『浪費図鑑』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。
個人としてもアンソロジー同人誌『女と女』を発行するなど、女性にまつわるさまざまなテーマについて執筆している。
初の単著『沼で溺れてみたけれど』(講談社)が発売中。

»https://twitter.com/sarirahira

»この連載の記事を見る