少女漫画の致命傷 #それでも女をやっていく

少女漫画の致命傷 #それでも女をやっていく



会社員、フリーライターであり、同人ユニット「劇団雌猫」として活動するひらりささんが、「女」について考えるこの連載。
今回は少女漫画と恋愛について、綴っていただきました。


 

わたしの中には、ロマンチック・ラブのゾンビがいる。オブセッションと言ってもいいかもしれない。

社会学的用語としてのロマンチック・ラブは、一対一の永続的な純愛を、性・結婚とつなげて考える態度とされている。わたしが言っているのは、それとはやや異なると思う。ストレートなロマンチック・ラブ・イデオロギーも、以前はあった。しかし歳を経て、生殖や結婚へのプレッシャーは死んだのに残っているものがある。それが“(結婚・生殖しないにしても)恋愛して他者と人間関係を築くと、人は十全になれる”というオブセッションである。

 

変身ヒロインに夢中になった少女時代

3歳の頃、アニメ「美少女戦士セーラームーン」の放映が始まった。
最初は、キラキラが乱れ飛ぶ夢いっぱいの変身バンクに心躍らされたのだと思う。親に変身スティックをねだり、幼稚園の友達たちとごっこ遊びをしていた。セーラー戦士はすぐに集まるが、毎回どうにかタキシード仮面役の男子を引っ張ってくるのが大変だった。女児はそれほどタキシード仮面にときめいていたわけではなくそれぞれがセーラー戦士を楽しんでいればよかったはずだが、物語にはピンチの時に駆けつけてくれる特別な異性が不可欠なのだと、心のどこかに刷り込まれていたのだろう。
アニメだけでは物足りず、親に買ってもらった「テレビ絵本」をボロボロになるまで読んだ。アニメのシーン画の上に放映エピソードを平易に再構成したナレーションとセリフが印字された、幼児向けのメディアミックスで、文字を覚えるのにも役立った。しかしアニメと同じ話しか読めないことにすぐ飽きて、ついに漫画が掲載されている雑誌「なかよし」を購読するようになった。原作で営まれていたうさぎたちの生活は、アニメやテレビ絵本から窺えた以上にバブリーで都会的で、ブランドの固有名詞や当時の流行語の意味はほとんどわからなかった。背伸びしながら読む感覚が心地よかった。

(イメージ:写真AC)

「セーラームーン」によって素地を作られた脳みそに、全力でロマンチック・ラブを流し込んできた作品があった。「りぼん」で98年に始まった、種村有菜の「神風怪盗ジャンヌ」だ。主人公は、ジャンヌ・ダルクの生まれ変わりという設定の日下部まろん。彼女は天使の力を借りて怪盗ジャンヌに変身し、悪魔の取りついた美術品を回収して、神の力を取り戻す使命を与えられている。
「セーラームーン」の後も、「魔法騎士レイアース」「怪盗セイント・テール」など変身ヒロインものに浸っていた女児にとって、「ジャンヌ」ワールドは、夢のようだった。細かく描きこまれた繊細なレースやヘアスタイル、画面いっぱいに散らされた花びらのセンス、個性豊かなキャラクターたちの会話。容姿端麗で成績優秀なのに両親に目をかけてもらえず、愛に飢えて寂しさを抱えているというまろんのパーソナリティも、子供心に訴えかけてきた。「りぼん」発売日には500円玉を握り締めてコンビニにダッシュし、読み終えれば首を長くして次号を待つ生活がスタートした。幼稚園の時のようにごっこ遊びはしなかったけれど、限定のタペストリーが手に入る応募者全員大サービスへの応募、東京ビッグサイトで行われていたイベント・りぼん夏のおたのしみ祭りへの参加などにも勤しんだ。今にして思えば、自分にとって人生最初のオタク活動だったかもしれない。

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Written by ひらりさ
ひらりさ

ライター・編集者。平成元年生まれのオタク女子4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。
劇団雌猫としての編著書に、『浪費図鑑』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。
個人としてもアンソロジー同人誌『女と女』を発行するなど、女性にまつわるさまざまなテーマについて執筆している。
初の単著『沼で溺れてみたけれど』(講談社)が発売中。

»https://twitter.com/sarirahira

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