悪役令嬢は悪役令嬢のままで #それでも女をやっていく

悪役令嬢は悪役令嬢のままで #それでも女をやっていく



会社員、フリーライターであり、同人ユニット「劇団雌猫」として活動するひらりささんが、「女」について考えるこの連載。
今回は、フィクションで描かれる女性から考えたことについて、綴っていただきました。


 

このところ、“悪役令嬢もの”を読んでいる。

ご存じない方のために説明しよう。投稿サイト「小説家になろう」を通じて普及した“転生もの”ジャンルのバリエーションのひとつで、だいたい、現代の一般人が事故死し、乙女ゲームや少女漫画の“悪役令嬢”に転生するところから始まる。悪役令嬢とは、作中の女性主人公が皆に愛されているのを僻み、権力や取り巻きを利用して意地悪をし続けるキャラクター類型。これらのフィクションで、悪役令嬢はその世界の主人公に敗北する運命にあるのだが、悪役令嬢の“中の人”になった転生主人公は穏便に暮らしたいので、どうにか破滅を回避しようと奮闘する……というのがセオリーだ。

コミックナタリーのコラム連載「教えて!悪役令嬢」によれば、電子書籍ストア・BookLive!が発表した「少女マンガ・女性マンガ 年間ランキング2020」の上位50作品のうち、4作品のタイトルに「悪役令嬢」のワードが含まれ、その他のストアの多くでも悪役令嬢特集が組まれている。世は大悪役令嬢時代なのだ。

 

「はめふら」で悪役令嬢の努力に触れて

正直、これまで悪役令嬢ものに興味がなかった。異世界転生もの全体に食指が動かなかった、というのが正しいかもしれない。

子供の頃は、CLAMP『魔法騎士レイアース』や、渡瀬悠宇『ふしぎ遊戯』、小野不由美「十二国記」シリーズなどに憧れて、いつか主人公たちのように、どこかの国の救世主として召喚されたいと真剣に思っていた時代もあった。ただ、結局召喚されずに大人になったわたしは、自分の人生の舵を取るのにいっぱいいっぱいで、異世界に逃避している暇がなかった。今挙げたような転生なしの異世界ものを現在“異世界転移もの”と言うらしいのだが、異世界転移ものにある、元の世界での自分の生活と、異世界で形成されつつある人間関係との間で主人公が葛藤する面白さが、異世界転生ものにはないのも物足りなかった。

しかし。ここ最近、メンタルがアップダウンし現実に疲れて、フィクションに頼りたい気持ちが最高潮に達していた。そうして、手にとったのだ。悪役令嬢ものの中でも屈指のヒット作である「はめふら」――『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』を……。

「はめふら」の原作は、2014年から2015年に小説投稿サイト「小説家になろう」で連載されていた小説だ。そこから書籍化、テレビアニメ化、コミカライズと展開しているメディアミックスコンテンツで、2021年1月の時点でシリーズ累計400万部を突破したという。

(イメージ:写真AC)

ストーリーは、トラック事故で死んでしまったオタク女子高生が、生前にプレイしていた乙女ゲーム『FORTUNE・LOVER』の悪役令嬢キャラ、カタリナ・クラエスに転生していると気づくところから始まる。穏便に暮らしたい彼女は、前世での『FORTUNE・LOVER』知識を思い出しつつ、持ち前の破滅フラグを回避しまくっていくのだが、その過程で“おもしれー女”として周囲の男女の好意を集め、意図せずしてハーレム状態を作ってしまうという、コメディテイストの作品だ。

異世界転生ものを食わず嫌いをしていたくせに、「はめふら」を読んだわたしはすっかりハマり、コミカライズ6巻までを一気読みした。

「はめふら」のカタリナは8歳の時、自分の前世に目覚める。そして、ゲーム『FORTUNE・LOVER』としてのストーリーが開始する16歳の魔法学園入学までの間、破滅フラグを回避するため魔力向上、人間関係構築に日夜励むのである。万一国外追放エンドを迎えた時一介の農民としてやっていけるよう、農作業にも精を出す。破滅を避けるためのカタリナの奮闘は、もはやスポ根漫画で、読んでいるうちに作中キャラクターたち同様すっかりカタリナを好きになってしまった。

 

少女漫画や乙女ゲームで描かれる “ライバル令嬢“

「はめふら」に元気をもらったのもあり、この後も何作か、話題の悪役令嬢ものを堪能した。一方で、楽しみつつも引っ掛かった部分もあった。それは、作中の悪役令嬢たちが、善良な人格をインストールする形でしか破滅フラグを回避できていなかったことだ。

よく考えると、“悪役令嬢”というのは転生ものが生み出した概念である。乙女ゲームや少女漫画を読んできた人にはわかると思うが、悪役令嬢ものに出てくるような、完璧な悪役令嬢というのは、ほとんど存在しない。主人公よりも高スペックでありながら/あるがゆえに、高飛車な態度や対抗意識を示してくる女性キャラクターはたくさん出てくるのだが、ちょっと違うのだ。彼女たちをここでは“ライバル令嬢“と呼びたい。

従来のライバル令嬢と悪役令嬢の違いは、主人公にただ意地悪を仕掛けて成敗されるわけではないところにある。その実力や振る舞いに当初はネガティブな感情を抱きつつも次第に認識を改め、時に主人公を叱咤激励したり、逆に主人公に刺激を受けて自身のあり方を変えていくパターンがほとんどだ。例えば『ガラスの仮面』の姫川亜弓は主人公・北島マヤを脅威に感じて嫌味な態度をとりもするが、全体としてはマヤの才能が花開くのに重要な役割を果たすライバルだ。普通の女子高生アンジェリークが宇宙の女王を目指す、元祖乙女ゲーム『アンジェリーク』にも、対立する女王候補としてロザリアというキャラクターがいるが、ロザリアが女王になり、アンジェリークがその補佐官になるというエンディングがある。

(イメージ:写真AC)

わたしが特に思い入れのあるライバル令嬢がいる。1998年に発売されたシミュレーションゲーム『エリーのアトリエ』に出てくるアイゼル・ワイマールだ。

『エリーのアトリエ』は、主人公エリー(エルフィール・トラウム)が、錬金術師の養成機関・アカデミーに補欠合格するところから始まる。かつて自分を流行病から救ってくれた恩人に憧れて錬金術師を目指すエリーだがその道は厳しく、補欠合格ゆえに学生寮に入れず、工房を開いての自活を余儀なくされることに。プレイヤーはエリーとして、工房を運営し学校の勉強に励みながらアカデミーの卒業を目指すことになるのだが、エリーに対抗心を持ち何かとちょっかいを出してくるのが、このアイゼル。貴族の令嬢であり入学当初から優秀な彼女にとっては、劣等生で田舎者のエリーが、学年首席のノルディスに気にかけられていることが不可解らしく、そこにノルディスへの淡い恋心も手伝って、エリーに嫌みな態度をとるのだ。『エリーのアトリエ』には周囲のキャラクターとの交友度パラメータがあるのだが、他キャラクターと比べて初期値が低く、冒険に連れていく時には雇用費もかかるという、扱いづらい存在になっている。

しかしこのゲーム、進め方次第では、アイゼルと仲良くなることができるのだ。本来アイゼルは根っから意地悪な人間ではなく、学業に熱心で情にあついお嬢様。最初こそエリーに嫌味を言ってくるものの、アイゼルに寄り添った選択肢を選んでいくと、勉強のしすぎで倒れたエリーを心配して栄養剤を作ってきてくれたり、夜遅くにアカデミーに残ってしまったエリーを部屋に泊めてくれたりといったイベントが発生し、心を開いてくれるのだ。エリーが女性であるため、男性キャラクターとの人間関係イベントが多い同作だが、わたしはアイゼルが垣間見せる素直な部分にどんどん惹かれ、エリーとアイゼルをカップリングした二次創作なども読んでいた。

面白いのが、アイゼルの交友度をMAXにするためには、ノルディスとの交友度を抑える必要があること。ノルディスと親しくなりすぎず、アイゼルの恋愛相談を聞くことで、アイゼルとエリーの距離は近づいていく。アイゼルとの関係はあくまで友情として描かれているものの、エリーとしてアイゼルに近づくための行動やセリフを選ぶ時、わたしは恋愛めいた駆け引きをしている気分になっていた。他ゲームのライバル令嬢以上に、彼女が、特別な存在として心に残っているのはそのせいだろう。

 

悪役令嬢のまま生き残ってほしい

転生悪役令嬢の物語は、わたしを現実逃避させてくれた。それでもわたしが後ろめたかったのは、アイゼルに限らず、数々のフィクションにおけるライバル令嬢たちの存在や、彼女たちが主人公と築いた関係性を自分が蔑ろにしているように感じたからだ。

何もかもに恵まれているようでいて、寂しさを抱えていたり、不完全な部分があったり、手に入らないものがあったりする彼女たち。主人公が自分にないものを持っていることが許せずに、褒められない行動に出る時もある彼女たち。そのまま仲良くならずにエンディングを迎えることもあるけれど、接し方次第で主人公にとって唯一無二の存在となる彼女たち。思えば、わたしは、明るくてみんなに愛される本来の主人公よりも、ライバル令嬢のそういう人間臭さに、惹かれてきた。

転生ものだから得られるカタルシスは確かにある。元の悪役令嬢の人格が矯正不可能であればあるほど、ストーリーに起伏が生まれるのもわかる。それでも「はめふら」やその他の悪役令嬢ものを読んでいる時に、わたしの心の中には、善良な前世を思い出す前の彼女が、「主人公と唯一無二の関係性を築けたかもしれない、ライバル令嬢としての彼女」として浮かんだのだった。そしてむしろ、そういう揺らぎを持ったキャラクターにこそ、転生できずにたった一つの人生のままならなさにもがき続けているわたしたちが救われる気がするのだ。

そんな話を、悪役令嬢ものを100作以上読んでいる友人にしたところ、「いや悪役令嬢ものにもいろいろあるから!  善良な主人公が奮闘する、というのが多数派に思えるかもしれないけど、悪役のまま相手を権謀術数で破滅させる話とか、誤解されて悪役になってるのを変えていく話とかあるから!」と指摘を受けた。

なるほど、世間に流通している悪役令嬢のイメージもだいぶステレオタイプで、数作読んだだけで全貌を掴み切れていなかったのだ……と大変恥じた。ライバル令嬢たちに個性があったように、悪役令嬢にも多様性があった。

悪役令嬢が悪役令嬢のまま、嫌われたり七転八倒したりしながらもその世界で生き残るような物語があるのだ、と聞いて、嬉しくなった。ライバル令嬢への思い出はそのままに、もう少し、悪役令嬢の奥深さを勉強しようと思う。

Written by ひらりさ
ひらりさ

ライター・編集者。平成元年生まれのオタク女子4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。
劇団雌猫としての編著書に、『浪費図鑑』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。
個人としてもアンソロジー同人誌『女と女』を発行するなど、女性にまつわるさまざまなテーマについて執筆している。
初の単著『沼で溺れてみたけれど』(講談社)が発売中。

»https://twitter.com/sarirahira

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