【生きづらさを活かすヒント】「立派な変人」になってみる?
HSPや発達障害、精神的ストレスなど――
ごく身近な“生きづらさ”を活かすためのヒント。
そして、繊細だからこそ見える、世界の美しさについて。
書籍や映画など、さまざまな知恵や芸術に学び、ご紹介しながら、
自閉スペクトラム症(ASD)当事者である編集/文筆家・国実マヤコが、つらつらと、つづります。
社会に必要とされる「変人」をめざして……!?
わたしの主治医であり、精神科医の西脇俊二氏は、かつて、わたしの著書『明日も、アスペルガーで生きていく。』のなかで、発達障害の特性に苦しむ人へ向けて「立派な“変人”になってください」と言った。「普通」になる必要はまったくない。不得意なことは“そこそこ”できるようになればいい。好きなことに全力で向き合うあなたは、きっと、社会に必要とされる「変人」になれるはず――。
実際、先生はかれこれ10年以上も、わたしにそう言い続けているし、自閉スペクトラム症(ASD)当事者である西脇先生ならではの、しみじみと美しく、かつ、切実なメッセージだと思う。このことばは、いまこの瞬間も、わたしの胸のなかで、メラリとした高揚感と、奇妙なトキメキを、放ち続けている。
少し前から、世の中では「多様性」が声高に叫ばれていて、一方では、過剰な配慮や価値観の“押し付け”を疑問視する向きもある。それでも、やっぱり「多様性」を受け入れ、尊重するといった方向へと向かい、世界は、少しずつ動いていくのだろう。
ところがやっぱり、なのである。自分がマイノリティであるという“窮屈さ”から、いまだ「普通」を求め続ける人も、少なくない。自閉スペクトラム症(ASD)を持つ、わたしも例に漏れず――とくに我が子と接するとき――自分とおなじ失敗や、苦い経験をしてほしくないといった“エゴ”から、「こうした方がいいんじゃない?」と、やはり「普通」という価値観の押し売りをしていることに、ハッと我に返ることも、しばしばだ。
子どもだったころ、「おもしろいね」「変わっているね」と、毎日のように言われた。気づくと、ノンストップでマシンガントークを延々とくり広げたし、女子グループ特有の“暗黙の了解”というヤツがわからず、突飛な言動で周囲を静まり返らせることもある。
そして、20代の後半に「普通」に働けなくなったわたしは、33歳のとき、自閉スペクトラム症(ASD)の診断をうけた。いま思えば、“特性”ゆえの失敗は多い。それを“特性”だと知らなかったわたしは、「おもしろくしていれば、みんな笑ってくれる」「がんばれば、わたしでも必要とされる」と、過剰適応をくり返した。そして、二次障害であるパニック障害を頂戴したわけである。
パニック障害……。以前は「障害」なんてついておらず、ただ、パニック症と言った。はじめての発作は14歳の夏だったから、もはや、30年ものお付き合いとなる。ひたすら、長い。当の本人ですら飽きるほどに、長い。だがしかし、いまだに、繋いだ手を離すことができないのだ。恋愛でいえば“腐れ縁”とでもいったところか。
閑話休題。わたしは、ただ「普通」になりたかった。おもしろいのも、変わっているのも、うんざり。人の目線やことば、醸す雰囲気などに過剰に敏感になって“ドタバタ喜劇”をくり返すのではなく、素敵なあの子のように、カッコいいあの人のように、ただ、スマートに生きてみたかった。その強烈な記憶と願望は――良くないと自覚しつつも――我が子にたいする価値観の押し付けというエゴにカタチを変え、今なお、わたしのなかで、モソモソと蠢いている。暗い、暗い、帳の向こうで。
『明日も、アスペルガーで生きていく。』(ワニブックス刊)
著:国実マヤコ 監修:西脇俊二
あなたが「普通」じゃないから、世界はこんなにすばらしい!
BBC製作『SHERLOCK/シャーロック』で、愛すべき変わり者の天才「高機能社会不適合者(作中で本人がこう言う)」を見事に演じたベネディクト・カンバーバッチが主演を務める、映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』。
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© GAGA Corporation. All Rights Reserved.
http://imitationgame.gaga.ne.jp/
その所作からは、育ちの良さがダダ漏れ。まるで、ラブラドライトをはめこんだかのような双眸。彼が演じれば、たとえ社会不適合者だろうと、どんな傲慢な人物も、憎めない。
そんなベネディクト・カンバーバッチが演じるのは、第二次世界大戦中、世界最強といわれたエニグマの暗号解読に挑む、これまた変わり者の天才、数学者アラン・チューリング。何を隠そう、アラン・チューリングも、その特異なエピソードの数々からアスペルガー症候群(ASD)の特性が強かった人物とされており、のみならず、同性愛者(セクシャルマイノリティ)として苦悩した人物だ。
『SHERLOCK/シャーロック』を愛するわたしは、ある日、なにげなくネットフリックスで目についた本作をソファでだらしなく観はじめたが、終盤に差し掛かるにつれ、いつしか涙腺が崩壊していることに気づいた。
ぜひ、実際に観ていただければと思うので、細かいあらすじは省くが、前半は国家のために暗躍した映画の主人公が、終盤、どのような人生を送ったか、少しだけ説明を。
カンバーバッチ演じるアラン・チューリングは、1952年、同性愛の罪で逮捕され、保護観察となる。また、現代では考えられないことだが、ホルモン治療まで受けさせられ、苦悩した挙句、41歳で自死を遂げたのだ。そう、アラン・チューリングの人生は“生きづらさ”のオンパレードだった。さぞや、「普通」を望んだことだろう……。
ところが、映画のなかで、キーラ・ナイトレイ演じる、唯一の理解者、ジョーン・クラークは、悩める主人公に向かって、こう言い放つのだ。
「あなたが普通を望んでも、私は絶対にお断り。あなたが普通じゃないから、世界はこんなにすばらしい」と――!
このジョーン・クラークも実在の人物であり、アランとともに、エニグマの暗号解読に挑んだ盟友。しかし、実際に彼女がこう言ったのか、あくまで映画上のフィクションであるのか、真偽は定かでない。でも、真偽なんて、どうでもいいのかもしれない。
いまだ「普通」を求め続けていたわたしは、このひと言によって、肯定され、生かされた。
そして、「立派な“変人”になってください」という、かつての主治医のことばが、ふと頭のなかでオーバーラップし、それぞれのことばが強い衝撃をもって、胸をついた。
そうか……。「普通」じゃないからこそ、世界はすばらしく、おもしろく思えることも、あるのかもしれない。
この作品を通じて、世界へと投げかけられたジョーン・クラークのことばは――わたしの主治医のことばと等しく――今日も“生きづらさ”を感じながら生きている、すべての人への「生命(いのち)の肯定」であり、「魂のエール」なのである。
*次回は10月27日更新予定です。