
【生きづらさを活かすヒント】自己肯定感を育む「魔法のことば」
HSPや発達障害、精神的ストレスなど――
ごく身近な“生きづらさ”を活かすためのヒント。
そして、繊細だからこそ見える、世界の美しさについて。
書籍や映画など、さまざまな知恵や芸術に学び、ご紹介しながら、
自閉スペクトラム症(ASD)当事者である編集/文筆家・国実マヤコが、つらつらと、つづります。
俳優・山崎育三郎さんが児童精神科医に!?
数年前、俳優の山崎育三郎さんにインタビューをする機会に恵まれた。当時は、ちょうど連続テレビ小説にご出演中で、その圧倒的な歌唱力でお茶の間をアッと言わせたばかり。ふだんドラマをあまり見ないわたしも「さすがは一流のミュージカル俳優!」と感服し、その演技と歌唱に、胸を震わせたことをよく覚えている。
また、そんなスターにもかかわらず、誠実かつ実直、そして、気さくで飾らない方でいらした。インタビューが終わると、お互いの子どもの話でひとしきり談笑! そのお姿から、本当に子煩悩で、なにより素晴らしい父親でいらっしゃることが垣間見えたものである。つまり、良い印象しかない、ということだ。
その後も、大河ドラマにご出演されたりトーク番組でMCを務められたりと、ますますもってご活躍の山崎育三郎さんだが、昨年末、これからスタートするという、あるドラマの主演として、そのお名前をツイッター上で拝見することになった。
ドラマ『リエゾン こどものこころ診療所』(テレビ朝日系列)は、雑誌『モーニング』(講談社)で連載中の同名漫画を原作とする実写化ドラマ。児童精神科を舞台に、自身も発達障害の当事者(ASD)という設定の児童精神科医を、山崎育三郎さんが演じるという。
――「え?」
わたしの驚きは、ダブルでやってきた。一つ目は、もちろん山崎育三郎さんが主演を務めるということ。二つ目は、地上波のドラマ(!)で、発達障害をはじめとする特性や心の病など、子どもたちが抱えるさまざまな生きづらさに切り込むということ、だった。
わたしも母親という仕事を“兼業”している者のひとりとして、周囲で子どもの発達障害についてはよく耳にするし、身内を含め、子どもたちのために奔走する母親も多く知っている。また、SNSをひらけば子どもの発達障害に関する漫画やエッセイが所狭しとせめぎあい、昨今、子どもの発達障害については、並々ならぬ関心の高さが窺い知ることができる。たしかに、今、時代はどんどん変化しているのだ。
わたしが幼い頃(1980年代)は、ただの「ちょっと変わった子」扱いがほとんど。支援や療育、その他なんらかのフォローを受けるといった“選択肢”など、「ちょっと変わった子」の親の頭に、これっぽっちもなかった時代である。こればかりは、誰を恨むこともできない。たとえ、それが取り返しのつかないことであっても……。
かつての――わたしを含む――そんな子どもたちが、大人になって大変な苦労に直面している一方、現在では正しい知識が広がったことで、家族をはじめとする周囲の“気づき”と“ニーズ”が増えた。結果として、幼いうちに診断を受ける子どもらが増え「発達障害とされる子どもたちが増加した」と言われるようになったのだろう。
とはいえ、「なぜ、発達障害の子どもが増えたか?」については、さまざまな分野の専門家がそれぞれの見解を述べていること、かつ、デリケートな議論に発展する可能性もあるので、ご興味のある方は、ぜひ、ご自身で調べることをおすすめしたい。
金曜ナイトドラマ『リエゾン-こどものこころ診療所-』
公式HP:https://www.tv-asahi.co.jp/liaison/
エポックメイキングな『リエゾン こどものこころ診療所』
そんな時代の“変革期”に誕生したのが、ドラマ『リエゾン こどものこころ診療所』である。もちろん、これまでも自閉症(発達障害)の主人公を扱った映画やドラマはたくさんあったが、どれも診断名をぼやかしていたり、あるいは『僕の歩く道』『ATARU』『グッド・ドクター』(注:この3作品は、わたしの主治医である西脇俊二先生が医療監修を務めている)のように、主人公ひとりにスポットが当たり、かつサヴァン症候群などの“特殊”な能力で事件を解決するといった、いわば“ヒーローもの”が多い印象だった。今、世界中で人気があるという、韓国ドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』も、この種類に属する作品だろう。
ところが、『リエゾン こどものこころ診療所』には、特別なヒーローやヒロインは出てこない。医師(ASD)と研修医(ADHD)を中心に、診療所に集まる「凸凹(注:ドラマでは発達障害をこう呼ぶ)」を抱えた子どもたち、そして、おそらくは同様の特性や、何らかの心の病をもった大人たちによる“群像劇”であり、じつに多様な特性と生きづらさが扱われる(のだろう)。
この“群像劇”であるという点が、今回の作品の最大のポイントだと思う。なぜなら、障害を特別視することなく、誰かをヒーロー/ヒロインに仕立て上げるわけでもなく、ただ、市井に暮らすわたしたちの何でもない「日常」を描きだすことで、その生きづらさを浮き彫りにしていくのだから……。これは、なかなかにエポックメイキングなことではないだろうか?
そんな、万感の思いで迎えた、第1話「凸凹をもつ児童精神科医と研修医」だが、押し付けがましくない程度に“特性あるある”が散りばめられ――ちなみに「ASDだけど絵が非常に上手い」といったステレオタイプな描き方も、個人的にはさほど気にならなかった――懸念していた「啓蒙するぞ!」という堅苦しさもなく、とても良い作品だと感じた。
なかでも、発達障害を抱える子どもたちを肯定する「大丈夫、◯◯ちゃんはいい子なんだから」「大丈夫、あなたはいい子」という言葉が、とある医師(すでに亡くなった主人公の叔母/風吹ジュン)の言葉としてくりかえされるシーンが、個人的に強く心に残った。なぜなら、この医師の言葉が、前回『「心が空っぽ」になったときの処方箋』で書いた、亡き祖母の「マヤちゃんはいい子だね」という言葉とオーバーラップしたからだ。そのせいか、不覚にも、わたしは少しだけ泣いた。
第1話でも描かれた通り、特性を持つ子どもたちは、(そうは見えなくても)心が疲れている。傷ついている。「どうして怒られてばかりなんだろう?」「なぜ自分だけできないの?」と、自らを責めている……。そんな子どもたちに必要なのは、第三者による「大丈夫」という、絶対的な肯定なのである。つまり、亡き祖母は「発達障害」なんて言葉が一般的でなかった時代に、「いい子だね」という“魔法の言葉”を使って、わたしに、もっとも適切な治療を施してくれていた、というわけだ。そう思うと、またも涙腺がゆるむ。
そして、主人公の叔母である亡き医師は、劇中で、ADHD特有の注意散漫さからケガばかりする子ども(のちの研修医/松本穂香)に関して、さらにこうも述べていた。
「いま、あの子に必要なのは『大丈夫』という言葉。あの子は安心できる言葉がほしいだけ。(中略)『あなたはいい子』、そう言って守ってくれる誰かを求めている。それは傷の手当てより大切なこと。そこから、子どものこころの治療がはじまる」と――。
まさに、「発達障害」の“核心”に迫る言葉からスタートした、ドラマ『リエゾン こどものこころ診療所』。これからの展開をたのしみにしつつ、原作である漫画も読んでみようと思っているところだ。
『リエゾン ーこどものこころ診療所ー(1)』
(新潮文庫/新潮社)
原作・漫画:ヨンチャン
原作:竹村優作
追記:母親から常に「お口チャック!」と言われ、かかりつけの内科医から「女弁護士」とあだ名をつけられるほどおしゃべりな幼少期を過ごした私にとって、自閉スペクトラム症(ASD)の女の子家族を描いた「第3回」は、かつての自分を見るようで、正直、苦しかった。あの子どもと同じように、まったく知らない人たちに話しかけて「誰? へんな子だねぇ」と言われて傷ついたことを、今でもよく覚えている。
心をえぐられるということは、真実を描いているということだ。あらためて、よくできたドラマだと思う次第である。