星のマグカップにはココア

星のマグカップにはココア



おいしいごはんを「おいしい」と思いながら、食べられること。

仕事終わりにくたくたで立ち尽くす夜も、今日という一日に何か意味を持たせたい時も、自分にご褒美をプレゼントしたい日も。当たり前の幸せをかみしめながら、明日をがんばるための「おいしいひとくち」を運びます。
食べることが大好きなほうじ茶さんによる、おいしくて元気が湧いてくる食のエッセイ。


 

私にとってココアは、学生時代のテスト前のお供だった。
当時から計画的とは程遠いところにいたので、毎回一夜漬けだった。覚えたことを溢さないように、せめて明日まで忘れないように、ココアを少しずつ飲みながらそう祈っていた。

大人になって、働き出して、ココアを飲む機会はめっきり減った。
というよりも一夜漬けをする機会がなくなった。
それに、周りの人は圧倒的に、コーヒー派が多い。コーヒーやビールやゴーヤなど、苦いもののおいしさにまだ気づけていない私は、少し肩身が狭い。(いつか好きになりたい。)

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新卒で越してきてからいつも行っていた近所のスーパーが、実は二階建てだということに気付いたのは、住み始めてからだいぶ経った頃だった。
そこから二階にも行くようになって、ようやく缶詰や種類豊富な飲料、カップ麺を買えるようになった。(一階もある程度充実していたのでそこまで困らなかった。)

目的もなく、二階をウロウロしていたら飲料用のココアの粉を見つけた。
〈テスト前とか飲んでたな〜〉と懐かしく思いながらカゴに入れた。(粉のアクエリアスのもと、カルピスの原液、パックのリプトンミルクティーなどにも、同じような感情になる。)

家に着き、早速作ってみた。
久しぶりのココアはやっぱりとっても甘くておいしくて特別な感じがした。
〈お湯だけしか用意してないのに、こんなにおいしいのすごくない⁈〉と、誰かに言いたくなったけれど、そんな当たり前のことを聞いてくれる誰かはこの部屋にいなかった。一人暮らしとはそういうものだ。

その日以降、私の飲み物ケースには常にココアの粉が置かれるようになった。

もうかれこれ五年くらい常備している。

眠れない時、寝たくない時、疲れた時、身体が動かなくて何にもできなかった時、たまらなく寂しい時、自分にご褒美をあげたい時、もう全てが嫌になった時、家にいるのにどこかへ帰りたくなった時、周りと比べて凹んだ時、仕事でミスした時、恋愛がどうにもこうにもうまくいかない時、今日に何か意味を持たせたい時、甘いものを食べたいけど深夜だから我慢しようって時、ココアを作って飲んでいる。頻度でいうと、週に二~三回ほど。

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ある日、いつものようにダラダラとX(旧Twitter)を眺めていたら、青い夜空に星がいっぱい散りばめられた素敵なマグカップを見つけた。こういう出会いがあるからXが好きだ。

私の夜に寄り添ってくれる気がして、どうしてもこのマグカップでココアを飲みたくなった。

ただ、大バズりしていたこともあり、オンラインは既に売り切れになっていたため、次の日、会社終わりにお店に行ってみた。こういう時の私の行動力は本当にすごい。

しかし、残念ながらこっちも売り切れていた。私もそこまで遅くなかったはずなのに瞬く間に売れていたようで、SNSの力はやっぱりすごい。

店員さんに在庫の有無を伺うと、「なぜか昨日からものすごく売れていて、よかったら他店舗から取り寄せなども可能なのでいかがでしょうか?」と言ってくれた。(お優しい……。)
SNSでバズっていることを伝え、お言葉に甘えて取り寄せをしていただくことにした。
その日からは、〈マグカップが届くから〉と思いながら働いた。
〈マグカップが届くから〉をお守りにして、毎日の出社も耐えられた。

自分で言うのもちょっとあれだと思うが、私は生活に楽しみを作るのが得意かもしれない……。

ほどなくして我が家にマグカップが到着した。
届くまでに少し時間がかかったからか喜びもひとしおで、星が浮かべられたマグカップで飲むココアはいつもより1.2倍くらいおいしい気がした。(気のせいかもしれないけれど……。)

数ヶ月経った今でも、お気に入りの一軍マグカップ。
毎日のように使う中で落として少し下の方が欠けてしまったけれど、もうそれも全て愛おしい。私の生活の証だ。

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最近は、ココアをアレンジし始めた。これまでお湯で溶いていたものをホットミルクで作ったり、ココアの上に生クリームを盛り盛りにしてその上に銀色のアラザンをパラパラと振りかけたりしている。特別がさらに特別になる。

ココアを飲んだからといって、今抱えている問題が解決するわけではないし、否応なく明日は来るし、いつまで経っても生活は大丈夫にはならない。ならないけれど、お気に入りのマグカップでココアを飲めば少し落ち着く、少しホッとする、少しがんばれる、少し特別になる。
その少しが大事な時もあって、その少しのおかげでがんばれることもある。

この原稿を書き終えたらご褒美にココアを作ろうと思う。今日は生クリームの上にチョコスプレーでも振りかけちゃおっと。

 

*次回の更新は9月18日(金)を予定しています。

ほうじ茶

社会人X年目のOL。広告代理店に勤務する傍ら、XやInstagramで日々の思いを綴り、静かに隣にいてくれるような文章が幅広い層の支持を得る。ただ生きているだけで〈そんなことある?〉〈噓でしょ⁈〉みたいな出来事に遭遇することが多い。繊細だが大ざっぱなところもあり、部屋の片づけは大半の人が苦手なものだと思っている。狭くて汚い自分の家が一番安全で落ち着く。最近引っ越してキッチンのコンロが二口になった。生活を愛せるようになりたい。著書に『どこかでちょっとずつ傷ついてる やさしいみんなへ』(KADOKAWA)、『きっと今はハッピーエンドへの途中、』(すばる舎)、『月曜日が嫌いな私の好きなこと』(世界文化社)がある。

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