はじめての「ドライブ」

はじめての「ドライブ」


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これは、モノを手放し、身も心も身軽になったミニマリストが、「やりたいこと」に挑戦していくお話。

ぼくは明日死んでしまうかもしれない。
だから「やりたいことはやった」という手応えをいつも持っていたい。

いざ、心の思うままに。

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車が手元にあるというのはとても不思議な感覚で、俺は家に返ってくる度に車が置いてあるのを見てなんだかにやにやしていた。「この車を好きなようにして、いつでも乗ってもいいよ」ということだと思うけど、「所有する」というのは本当にすごい話だ。デカくて楽しいおもちゃをもらったような感じでとてもくすぐったかった。

でもどうやら嬉しかったみたいで、しばらくは軽トラを写真におさめたりする。

Processed with Rookie Cam

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18年近くのペーパードライバーなので、まずは敷地内で練習を開始! 生け垣に寄せたり、コーンを置いて駐車の練習をして車両感覚を身につける。同時に、道路交通法をテキストを買って復習し、車のメカニズムや装備も勉強する。運転術の本も読み漁る。まじめか!

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以前は、こういうのが何かの暗号に見えたわよ。全部揃ったら何か解除できるのかな!?

数日間は、みっちり敷地内で練習を繰り返す。そしてある日の深夜……どうしても家のまわりを一周したいという衝動に駆られ、いざ初の公道へ!!

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なんというか、法律的にももちろん問題ない行為なのに「やってはいけないことをしてる感」が半端なかった。まだまだ乗り慣れていない車を公道で走らせる。まだ自賠責保険にしか入ってなかったので(任意保険が複雑すぎて先延ばししていた)緊張に拍車をかける。全神経を集中し、バックミラーやサイドミラーにも注意を払う。この時の俺は、ネフェルピトーの「円」よりも注意力があったに違いない!! 深夜なので誰もいないが、心臓はバクバク。そんな風にしばらくは深夜や04:30に起きたりして誰もいない公道で練習を繰り返した。当たり前だが、本で読む運転術よりもたくさんの情報がそこには詰まっていた。

そしてついに、昼間の交通量が多い時間帯にでかけることにした。ミッションは「郵便局でゆうパックを出す」こと。ナビで行き方を調べるだけでなく、先行して徒歩でもコースを下調べしたり駐車場も見学!! その緻密な計画は「ワイルド・スピード 〜ゆうパックお届け篇〜」と呼ぶにふさわしかった。

初心者マークを付けた俺の軽トラ。交通量が多いところに出ると、誰も注目してないのに下手くそな自分の車の一挙手一投足が監視されているような気がした。そんな風にキョドりながら、無駄に注意力を使いすぎていたせいか、信号が赤になったのに突っ込んでしまいそうになった。なんとか郵便局にはたどり着き、駐車場にもなんとか停めたものの、さきほどの危機感が頭から離れない。

ミッションはクリアして家に辿りついたが「やっぱり運転は怖い」「向いていないかも」と考えはじめてしまっていた。そのとき、運転が好きになるか、このまま嫌いになってしまうかの狭間にいたようだった。まだ先程の恐怖が残っていたが、どこで自分が失敗したのかを確かめる必要がある。何かを嫌いになりたくない、この恐怖が定着する前に修正するのだ。そう思った俺は家に辿り着いてすぐ、もう一度同じコースを走ることにしたのだった。

次のミッションは近くのホームセンターまで行くこと。歩くには遠すぎて今回は下調べもできなかったが、無難にミッションを終える。

気を良くした俺は、帰り際に冒険心が湧いてしまった、「帰り道は違う方向から帰ってみるか」と。反対の出口から出ると、細い田舎道へ入った。ナビはどこかで右に曲がれと言ってくるがこの時の俺は、信号のない場所で後続車を待たせてまで右折をする度胸がなかった。あれよあれよという間に、家とは反対方向へどんどんと進んでいく軽トラ。

そのうちにようやく細い道からは解放されて、やたらときれいで大きな道へと入った。間違いない、これは……高速道路だ!! 「高速に乗るほど家から離れてはねぇよ!!」と突っ込んだが引き返すこともできない。高速なんてまだまだ先の話だと思っていたのに……村人に話しかけたらいきなり戦闘が始まった、ってやつ‼ 緊迫した俺の脳内でドラクエⅣの戦闘曲が流れ始める。当然だが軽トラはあまりスピードは出ない。なんとかアクセルを思い切って踏みながら走行車線でやり過ごすと、見えてきたのは料金所!!

もちろんETCなんてまだつけてない、はじめての高速に続き、「はじめてのりょうきんじょ」まで経験することになるとは……狂ってる。またしても準備ができてない俺は、料金所に全然寄せられなかった。料金は160円。東京メトロかよ!! クレジットカードを機械に挿入しようとするも手を伸ばしたぐらいでは全然届かない。骨盤を窓に載せるようにして、なんとかクレジットカードを挿入!!

こんなん。車からはみ出し過ぎ。

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夕暮れどきの逆光で、後続車は下半身軽トラの半獣神「ケルベロス」のシルエットを目撃したに違いないのだ!!

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そんなこんなで、車が来てからは毎日てんやわんやの「姉さん、事件です」状態。「はじめて」の挑戦だらけの日々だった。

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はじめてコンビニに停めて、ホットスナックを車内でむしゃむしゃする。

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自分には関係ない場所と思っていた、オートバックスに通ったり。

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はじめての立体駐車場も、後ろから来た車に焦りながらなんとか駐車。

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京都市内への移動では、通勤渋滞に巻き込まれた。バイクが俺を取り囲んでいて怖い。縦横無尽に走るバイクが「マッド・マックス」のようなイカれた愚連隊に見えた。ヒャッハー!!

失敗もたくさんした。変な車線変更をしてしまい、クラクションを鳴らされたり、右折中に信号が赤になって脳内が「???」となってしまったり。自分がいちばん下の立場になる、という経験もこの歳になると得難くいいものだ。道を走る人すべてが師匠となったのだから。

人のありがたみも感じた。道を譲ってくれただけで感激したり、充電のフタを空けたまま走っていたときは、トラックのお兄さんが教えてくれたり。

行動範囲は広がる。奈良の鹿を見に行ったり、夜の鹿を見に行ったり。鹿づくしかよ。

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先日は、台風から逃げるようにして岐阜まで往復400キロのロングドライブ。車が来てから1ヶ月、どうやら俺はペーパードライバーを脱出したと言えそうだ。

それどころか、俺は車が好きになってしまったようだった。兄が車を何台も乗り回し、ネットを開いてはパーツを探し、見る雑誌や映像は車関係ばかりという姿をどこかで「うわぁ……」という気持ちで眺めていたが、今は自分が同じことをやっている。これからは車の話題も楽しくできそうだ。まだ小学校にも行っていない甥っ子は、道を走っている車の名前をほとんど全部言えるので血は争えないということかもしれない。

深夜にどうしても「……走りてぇ」と思い、夜な夜な車を出したりすることもあり、もう暴走族と同じパッションではないかと思ったりもした。こんな魔物に若い頃から手を出さなくてよかった、とも思う。環境にも配慮したいので、無意味に乗り回したくはない。危険なものには違いないので、何が飛び出てきても止まれるようなスピードで走りたい。

20歳で免許を取ってすぐの頃、亡き父が助手席に乗って運転を見てくれたことがあった。その時「ブレーキきれいに踏めるようになったやん」と父は言ってくれた。だが本当はそう思われたくて、そのときだけ細心の注意を払ってブレーキを踏んだのだった。今は無意識で同じことができる。ブレーキ、ようやくきれいに踏めるようになったよ。

いつも車をピカピカに洗車していた父も、本当に車が好きな人だった。何かの間違いのように家にやってきた車は、亡き父との対話も俺にもたらせてくれたのだった。

安全運転のポイント
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●急いでも到着時間は対して変わらない。一にも二にもスピードに注意。
●長旅では疲れる前に休む。
●車は自分の存在の代理ではない。他車のふるまいに気を取られないこと。
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Written by sasaki fumio

作家/編集者/ミニマリスト 1979年生まれ。香川県出身。出版社3社を経てフリーに。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに、『Minimal&Ism』を開設。初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(小社刊)は、国内16万部突破、22ヶ国語に翻訳される。新刊「ぼくたちは習慣で、できている。」が発売中。

»http://minimalism.jp/

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