はじめての「自動車事故」

はじめての「自動車事故」


無事故無違反の、俺のゴールド免許証はかつての輝きを失った。

 

ペーパードライバー卒業から約1年。いつも「事故を起こしたら何をどうするのかな?」という疑念が頭の片隅にあった。その疑念がもう起こることはない、現実に対応することですでに学んだのだから。

 

京都から実家の香川に帰省する道中だった。時間もあったので、一般道でゆっくり帰ろうと思っていた。淡路島の海沿いの道を走るのがとても好きだ。

 

20万そこそこで買ったek-ワゴンは車中泊仕様に改造し「最小庵」と名付けていた。すでに自分の手足のような感覚。マニュアルミッションの操作感に酔いしれた俺は「自分は運転がうまい」という自尊心を育てはじめていた。

 

道はスマホアプリのナビにお任せなのでまったく覚えていない。

この日もナビの言われるがままに、ハンドルを切っていただけ。

 

そして車が向かったのは、有馬温泉に向かう道。

アップダウンとカーブが連続する山道に誘導され

「なんでやねん」

とナビに突っ込んだ。

 

 

まだ春になりきっていない肌寒い日、雨はしとしと路面を濡らしていた。

タイヤはスタッドレス。長い道のりを前にタイヤをノーマルに変えてから、と思ったのだがその日タイヤ屋は予約でいっぱいだった。

そして山道で後続車。煽られているというほどではないが、急ぎたいようで距離を詰めてきているのはわかる。その焦りもあった。

山道で2,3度予兆はあった。カーブでタイヤがすべり、予想以上に切れ込んでしまったりしていたのだ。

 

そして国道51号線のヘアピンカーブでそれは起きた。タイヤがスリップ、キュルキュルと音をたてながらすべっていく。俺の車はコントロールを失っていた。そして反対車線からやって来たシルバーの商用車ワゴンが視界の中でみるみる大きくなって……ボコン!! 相手のボディが凹む音。

「やっちゃったぁ……

ドライブレコーダーには自分のマヌケな第一声がしっかりと残っている。

混乱した頭でよろよろと切り返しながら、相手の車のほうへ向かう。

うまく運転できず、何度もエンストしてしまう。

 

 

先方の車から作業服姿の若い男性が降りてくる。20代のイケメン。目が怒っている。当たり前だ。こちらが2,000%悪い。まず謝ると、

「どうします、警察呼びますか?」

この手の問題には慣れているようで、それに従った。

 

110番通報。周りには何もない山の中だったので、見えるものもないし、住所の説明もできずにいると、こちらのGPSを探知して場所を特定してくれた。こんなときだがなんだか感心してしまった。

 

警察が来るまで2030分はかかるとのこと。先方と自己紹介しあうわけにもいかないし、人とこんな風に接し方がわからなくなったことがないのでうろたえる。雨も降っていたので、お互いの車に戻る。仕事中のようで、会社に電話するようだ。迷惑をかけて本当に申し訳ない。

 

車に戻ろうとして気がついたが、こちらの車はかなり破損している。ごめんよ最小庵。

Processed with Rookie Cam

そして自分の保険会社に電話。

 

「お怪我はありませんか?」と心配してくれる。その心配でようやく気づいたが2人とも何の怪我もなく、それはよかった。スピード自体は出ていなかった。

 

自走は危険なので、レッカーを手配してもらう。

・事故の対応は相手と直接しないこと

・相手と連絡先を交換しておくこと

などを教えてくれた。

 

程なくして、原チャリで人の良さそうな警察官がやってくる。簡単に状況を聞かれたあと、免許証や車検証などの連絡先を渡す。

 

相手の方はすっかり落ち着いたようで、警察が書類に記入している間ぼくに傘までさしてくれた。「京都から来たんですか?」とこちらの心配をしてくれたり、再度謝ると「仕方ないっすね」と言ってくれたりした。あなたが神か……。

 

 

警察は帰り、相手の方の車も走るのには問題ないので仕事に戻る。山の中で1人しばらくレッカーが来るのを待つ。雨に打たれ放心しながら、道にちらばった車のカケラを拾い集める。

 

レッカーが来るとものの数分で、担ぎあげられた最小庵。ここでも感心してしまった。山の中ではタクシーも呼べないので、近くの駅まで送ってくれる。

 

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結局電車で戻ったのは新大阪駅。徒労感がすごい。そこから高松へ電車で向かう。

 

この日寝るときも、ずっとこのことを反芻してしまった。

山道でなければ、

雨が降ってなければ、

スタッドレスタイヤでなければ、

後ろから車が来ていなければ、

対向車が来なければ、

どれかの条件が欠けていれば確かに起きなかった事故だった。

 

しかし、そんなたらればはすぐに反転された。

飛び出したのが崖だったら?

対向車が原付だったら?

 

この前日にTwitterでこんなことを呟いていた。

「つらいことがあったときは、その場にいたかもしれないハエの視点になってみること

 

まさかこんなに早く使うことになるとは。山道を走る俺の車をドローンのような視点で見ているハエを想像した。後ろに付かれて、少し血が上りつつ山道を曲がっていく俺。運転は荒くなりそのうちにタイヤがすべり……ただ完全に自分が悪い。

 

車は免許を取って慣れた頃、20歳の前後で事故を起こす可能性が高くなると聞いたことがある。なんのことはない、そういう若者と同じで得意げになっていた。

 

修理代は勉強代と考える。次はやらない。客観的に見つめ直せるようになって落ち着いた。

 

意外なメリットもあった。実家の香川には、祖母の葬式に参列するために帰った。葬式に向かう途中での事故。泣き面に蜂とはまさにこのことだと思ったが、そうではなかった。

 

帰省の途中で事故を起こし、車はそのままに電車で帰ってきたというマヌケなエピソードは親族たちの格好のネタになった。

 

相手には迷惑をかけてしまい、最小庵は山に散った。しかしそれは同時に悲しみの中にひとときの笑顔をもたらしてくれたのだ。


Written by sasaki fumio

作家/編集者/ミニマリスト 1979年生まれ。香川県出身。出版社3社を経てフリーに。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに、『Minimal&Ism』を開設。初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(小社刊)は、国内16万部突破、22ヶ国語に翻訳される。新刊「ぼくたちは習慣で、できている。」が発売中。

»http://minimalism.jp/

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