柑橘習慣ふたたび

柑橘習慣ふたたび


「こたつとみかん」は誰もが認める冬の代表的な組み合わせだが、この時期はみかんだけでなく、はっさく、きよみ、はるみ、いよかん、デコポン、きんかんと柑橘の旬まっさかり。スーパーのフルーツコーナーには鮮やかなオレンジ色がずらりと並らんでいてどれを手に取ろうか迷うほどだ。

子どもの頃、箱買いしたみかんが北側の寒い場所に置かれ、ひとつまたひとつと手に取って、一日に何個も食べて手のひらがみかん色になるほどだった。
振り返ってみるとなぜ、あんなにみかんを食べていたのか、本当に好きだったのかは謎だ。みかんのヘタの反対側にひとさし指を突っ込んで指人形のようにしたり、マジックで顔を描いたり、おもちゃのようにひとしきり遊んでからおもむろに皮をむいて、ふたつほどに割って口に放り込む。まるごと頬張って口から果汁をあふれさせて母親にしかられたものだ。みかんは私にとって身近な存在だった。

いまでは昔ほどみかんを食べることはなくなった。その代わり、もう少し大きい柑橘を一日一個食べるようになった。最近は品種改良などで本当にたくさんの柑橘が出回っている。どれもジューシーで酸味も甘さも十分。でこぽんや紅まどんななどは皮をむいてみるとまるでゼリーかと思うような瑞々しさだ。甘さばかりが取りざたされるが、柑橘のおいしさは酸味にあると思うようになったのは大人になったからだろうか。きゅんと酸味がたっているからこそ、爽やかな甘さが引き立つ。

一年を通して食べ歩いているかき氷もこの時期には柑橘のメニューが登場する。大森にあるかき氷専門店「ネコゴオリ」では柑橘ぜんかいというメニューがある。その名前の通り、せとか、ポンカンの果肉に伊予かんのピール、あまくさとポンカンを煮込んだシロップとまさに旬の柑橘が全開だ。ミルクの氷に甘酸っぱいソースと瑞々しい果実がたっぷりとそこに煮込んだ皮のほろ苦さがいいアクセントになる。この時期のもうひとつの人気メニューのいちごと迷いつつ、いつもこの柑橘たっぷりのメニューを注文してしまう。

この冬、出会ってすっかり魅了されてしまった柑橘が和歌山の「藏光農園」の冬ハッサクだ。「かき氷の師匠」と私が勝手に呼んでいる食いしん坊仲間のひとりから、お福分けでもらったのがきっかけだった。

表面がゴツゴツしていて、いかにも昔ながらのハッサクという風貌にはじめは正直、酸っぱそうと食指が伸びなかった。でもせっかくもらったのだからと試しに食べてみたらその瑞々しさ、濃厚な酸味と甘さに驚かされた。酸味を表現するのに濃厚は不釣り合いかもしれないが、爽やかな酸味などと片付けられない、とにかく甘さと酸味のバランスがすばらしいのだ。もらった数個をあっという間に食べきって、すぐに5キロ入りの箱を注文してしまった。

蔵光農園のハッサクの特徴はその瑞々しさ。通常のハッサクは収穫後ビニール袋に入れて、酸味が落ち着くまで倉庫に保管し、春頃に出荷するのが一般的なのだそうだ。ところがこちらでは減農薬で栽培したものを収穫してすぐのものを発送するので、瑞々しさと弾けるような酸味を楽しむことができる。もし酸味が強いと感じれば直射日光が当たらない冷暗所に置いておけば甘さが増すとのこと。とはいえ送られてきたハッサクは甘さも十分だった。

味とは別のもうひとつの特徴はぷりぷりとした食感だ。ハッサクの内皮をむくと、さじょうと呼ばれるなかのひと粒ひと粒にぷりぷりとした弾力が感じられる。内皮をきれいに取り除いたものはそのまま食べるのはもちろん、ひと粒ずつを凍らせればリアルアイスの実として楽しめる。実際、こちらと取引のあるレストランでもデザートの一品として出されているとのこと。

せっかくのおいしいハッサクなら、料理に使わない手はない。葉もの野菜と組み合わせてサラダにするのも抜群だった。パリっと歯触りのいいレタスはもちろん、春菊やルッコラなどのちょっとクセのあるものに合わせてもメリハリがあってとてもおいしい。軽くオリーブオイルをまとわせたら、お酢少々と塩と香りのいい黒胡椒を挽きかけるだけ。酸味はハッサクに任せて、ワインビネガーなんどでははく、酸味が穏やかで甘さのあるホワイトバルサミコを少々。酸っぱいのが苦手な我が家の男性陣たちからも大好評であっという間に売り切れた。

サラダのほかにはブッラータやヨーグルトなどの乳製品との組み合わせも相性がいい。どちらもちょっといいオリーブオイルをたっぷりとかけ、塩をふって甘じょっぱい味に仕上げるのが好みだ。

冬ハッサクの時期が終わった後でもこの場所では4月まで樹に付けたままにして完熟させる「さつきハッサク」が出荷を待っているとのこと。春の味として甘さが増したものを食べてみたいと今から楽しみにしている。

 

【ご紹介したお店】
トウキョウシェイブアイスネコゴオリ
東京都品川区南大井6-11-10
☎050-5360-7340

藏光農園
和歌山県日高郡日高川町松瀬564-1
E-mail:shopmaster@kuramitu-farm.com

 

 


Written by ariko

CLASSY.、VERY、HERSなどの表紙やファッションページを担当する編集ライター。日々の食卓をポストしているInstagramが、センスあふれる美味しそうな写真と食いしん坊の心を掴む料理で話題に。著書に『arikoの食卓』シリーズ、『arikoの黒革の便利帖』(共にワニブックス)、『ありこんだて』(光文社)、 『2品で満足 arikoの家和食』(講談社)など多数。
Instagram:@ariko418

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