【推し活と散財】同じブロマイドを何枚も購入するオタクの消費行動を取材してみた
推しのおかげで毎日が楽しい! だなんて綺麗ごとではないのか。時にはお金を払って対象を消費する行為を疑い、自己嫌悪に陥ることもある。
そんな美醜と向き合いながらも、最後は「なんだかんだ言って、オタクって救済だよね」に着地してしまう。
酸いも甘いも噛み分けたオタクなコラムニストが赤裸々に綴るオタクエッセイ。
WANI BOOKOUTをご覧の皆さま、こんにちは。ライターの山野萌絵です。
第七回のテーマは「推しのために散財する」。一緒に考えてみよう!
「散財する」とタイトルに掲げておいてなんだが、まず白状しておくと……私はブロマイドを枯らしたことが一度もない。
「ブロマイドを枯らす」というのは、物販に並んだ推しのブロマイドを、在庫がなくなるまで買い占める行為のことである。2.5次元舞台界隈では「ブロマ枯らし」、とあるアイドル界隈では「フォト一揆」などと呼ばれる。呼び方は違えど中身は同じで、要するに推しの写真を、在庫が消えるまで買う行為だ。
私はこれをやらない。やったことがない。なぜかやる気にならない。閉鎖病棟に入るほど推しに対しておかしくなり、総イベント参加数百回超えの人生を送ってきた私が、ブロマ枯らしだけは一度もしていないのである。なぜかは、分からない。
散財して得るもの、残るもの

付き合いの長い友人のMちゃんは、枯らす側の人間だ。
Mちゃんが推しているのは、とある2.5次元舞台シリーズに出演している俳優・Tさん(仮名)である。公演の千秋楽、Mちゃんは物販でTさんのブロマイドを120セット以上買った。しめて8万円近く。
この件について取材をしたとき、Mちゃんはこう言った。
「120セットだから、世間一般からしたらかなり少ないほうだと思う」。
8万円近くを「少ない」と言える。この感覚のズレが、もう手遅れとなったオタクなのである。
なぜそんなに買うのか? 単刀直入に本人に聞いてみた。
建前としては「好きなお芝居を見せてくれたから」。
……しかし、けれど正直な話は違った。「他の演者がどんどん完売していくのに、自分の好きなTさんだけ完売アナウンスがないのが、可哀想だったから」らしい。
これだ、と思った。
Mちゃんが買っていたのは、たぶんTさんの写真ではない。「Tさんのブロマイドが完売した」というアナウンスのほうだった。自分の推しの名前が、会場中に聞こえる完売コールになって読み上げられるチャンス。その一回のために、彼女は8万円近くを出した。
ちなみにTさんは、Mちゃんが「いっぱい買ったよ!」と伝えると素直に感謝してくれるタイプらしく、それも込みでの120セットだという。推しがちゃんと喜ぶ、という確証があると、人はここまで動けるらしい。
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はたから見ていると、異様な行為である。どう見てもおかしい。同じ写真を「120枚」ではない、「120セット」なのでそこに枚数が掛け算でかかってくるのだ。そんなに買って、どうするのか。
飾るにしても一枚あればいい。
トレーディングではないので、被っても交換相手はいない。
コレクションとも違う。いわゆるコレクターは「種類」を集めるのであって、「同じものを大量に」は求めない。
じゃあMちゃんは何を買ったのか。
さっき書いたとおり、完売アナウンスを買った。つまり、推しの「数字」を買ったのだ。
第二回で私は、推しにお金を払う人間には「コンテンツに刹那的に払う人」と「未来や人間性にベットして払う人」がいて、後者は投資みたいなものだと書いた。ブロマ枯らしは、その投資のもっと先にある。自分が楽しむためですらなく、推しの数字を立てるために金を使う。Tさんのブロマイドが完売した、という事実だけが手元に残り、紙の束は家に積まれる。
第二回の記事はこちらから▼
【令和の推し活ブーム】……だけど推し活にも才能はいる
https://www.wanibookout.com/155733/
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ところで、Mちゃんに「枯らしたあと、一番大きかった感情は?」と聞いたら、こう返ってきた。
「ウワー!! この紙の束どうしよう!! やっちゃった!!!」
……いい。すごくいい。
私が勝手に考えていたプロットの段階では、この行為を「祝祭」だの「献身」だのともっともらしい言葉でつらつらと書こうとしていた。
でも当の本人の実感は、完売の達成感でも推しへの愛でもなく、机に積まれた120セットの紙束を前にした「やっちゃった」なのである。崇高さは現場には落ちていない。落ちているのは紙の束だけだ。
この「やっちゃった」がすべてを物語っている。完売アナウンスが流れた瞬間の高揚は本物だ。でもその高揚が冷めたあとには、使い道のない紙の束が残る。ハレの直後にケが来る。
推しの成功を願わずにいられないワケと浪費の因果

さて、ここで私は冷や汗をかくことになる。
ブロマ枯らしをやらない私は、では推しと健全な距離を保てているのかというと、そんなことはない。むしろ逆だ。メイド喫茶に月に何十回も「ご帰宅」している。私よりもっと毎日いる人間が実際に存在するとはいえ、こんなにも入り浸りなのは健全とは呼べない。
浪費という観点から見れば、やっていることの方向は同じだ。むしろMちゃんのほうが健全かもしれない。彼女の行為は千秋楽のコールに直結するけど、私の積み上げる数字は別にどこで読まれるわけでもないのだから。
博報堂「オシノミクスレポート」の数字を、私は連載で何度も引用してきた。「『推し』は生きがいを与えてくれる」69.0%、「辛いとき・大変な時でも『推し』の存在が支えてくれる」66.9%。あのとき私はこれを「自分の精神状態を推しに外注している状態」と書いた。今ならもう一歩踏み込める。
私たちは精神状態だけじゃなく、人生の達成そのものを推しに代入している。推しが売れれば自分が報われた気がする。推しが評価されれば自分が肯定された気がする。Tさんの完売アナウンスは、Mちゃんの達成でもあったのだ。
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なぜオタクは、推しの成功をこんなにも自分ごとにしてしまうのか。
第五回で書いたとおり、推し活は躁鬱の構造をしている。
ハレとケの落差で、私たちは世界一幸せになった次の日に世界一不幸になる。
その波形の中で、「推しの成功」は、最もわかりやすいハレの燃料だ。推しが売れる未来を想像することは、ケの日を耐えるための、一番安価で手っ取り早いドーパミンなのである。
第五回の記事はこちらから▼
【推し活とメンタルヘルス】世界一幸せだった次の日に、世界一不幸になる
https://www.wanibookout.com/164491/
※この記事の公開期間のみ、特別に復活とさせていただきました。
現実の自分の人生は、思うようにいかない。仕事も、お金も、人間関係も、自分の努力ではどうにもならないことばかりだ。けれど推しの成功なら、ブロマイドを一セット多く買うだけで、ランキングを一回多く上昇させるだけで、自分が動かせる。
私が思うに、Tさんの完売アナウンスはMちゃんが自分の手で作れる「成功」だった。現実の自分ではどうにもならないぶん、推しの数字に祈る。
もちろん、Tさんのブロマイドが完売しても、Mちゃんの預金残高が減るだけで、Mちゃんの人生は一ミリも前に進んでいない。フェイクフードに栄養がないように、推しの成功に自分の人生は救われない。それでも私たちは紙の束を抱えて「やっちゃった」と言う。次のシーズンもビジュアルに対してメロメロになってしまったら、たぶん言う。
皆が気持ち良く積むためのワンポイント

では、ブロマ枯らしはやめたほうがいいのか。
というと、それは違うと私は思う。やめろと言って成立するなら、世界はとっくに平和である。
推しの成功を自分ごとにしてしまうのは、もう仕様だ。自分の弱さでも推しのせいでもなく、推し活というシステムがそういう構造をしている。だったら、せめてその紙の束を、気持ちよく積んだほうがいい。ブロマ枯らしには、ちゃんと作法があるのだから。
最後に、枯らさない私から、枯らす皆さんへ、ひとつだけ実務的な助言をして終わりたい。
ブロマイドを枯らすなら、千秋楽にやってくれ。最終日に完売させるぶんには、まず誰からも文句は出ない。むしろ「最後に間に合わせた」という美談になる。
間違っても、初日にやるなよ!
初日に在庫を空にしたら、後から会場に来た人が推しのブロマイドを一枚も買えなくなる。同じ「枯らす」でも、初日と千秋楽では意味がまるで違う。タイミングがすべてを決めるのである。
推しの成功に人生を代入してしまう私たちにできることなんて、せいぜいその程度の良心しかない。現実から目をそらすにしても、後ろに並んでいる人の視界だけは、ふさがないこと。それくらいは、紙の束を三桁の数抱えながらでも守れるはずだ。
また一緒に、異常執着について考えてみよう!
※お金は計画的にご利用ください。
※オタク文化のリアリティを追求する本連載の特性を鑑み、表現の意図を尊重して掲載しております。本文は著者の見解に基づく内容であり、著者及び弊社が読者の皆さまに推奨する行為、意向ではございません。
illust./イラストAC
*次回の更新は9月23日(水)予定です。
山野萌絵(めりぴょん)
ライター/コラムニスト。オタク。はてなブログや文学フリマで好き放題書いていたところ、なぜか2019年に商業連載デビュー。普段はnoteや同人誌で活動中。
X(旧Twitter) @_a030
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