第12回 神様のご贔屓にあずかる方法⑥〜「頼まれごと」は「試されごと」

第12回 神様のご贔屓にあずかる方法⑥〜「頼まれごと」は「試されごと」


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「若きカリスマヒーラー」として注目を集めるyujiさんが、
人生に悩まずにまっすぐに自分の本来の宿命を知り、
また、それを生かした充実した人生を送るための
「自分軸で生きるヒント」をお伝えします。

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こんにちは。ヒーラーのyujiです。
前回は、「自分のメリットよりも、全体のメリット優先で物事を見る」=「神様に好かれる」という考え方についてお伝えしました。
この「全体性」というキーワードは、神様界では非常に重要なキーワードになっています。

何かと変化の激しい現代社会。
「自分を守りたい!」というムードが、世の中全般に蔓延していると感じるのは、きっと僕だけではないと思います。
恋愛でも仕事でも、「傷つきたくない」「失敗したくない」「嫌われたくない」という思いから、
思い切ったチャレンジを避ける人が増えているのではないでしょうか。

でも、僕が推奨するのは、正反対の考え方です。
「多少の損、リスクを追っても、どれだけ周囲や社会の役に立てるか」という考えで動くほうが、
結果的には神様に守られ、良きに計らってもらうことができるからです。
そのためにはまず、
「自分を守りたい」「自分だけがよくなりたい」という自我=エゴを
いかに手放していくか
が課題になります。

「自分が」から「自分を」の目線で生きる

「自我の手放し方の練習」として、僕がクライアントによく説明するのは、自分を「チェスの駒」に例えてみること。
あなたが王様の駒となって、市松模様のチェス盤上にいる場面を想像してください。
同時に、「自分が動く」という目線と、「自分を動かす」という目線の違いもイメージしていただきたいのです。

前者の場合に広がっているのは、目の前の風景のみ。
敵陣の駒の裏側などを見ることはできませんね。
反して後者の場合は、盤を上から見る目線になります。
つまり、自分を含めた全体を見渡すビジョンになるため、「自分をどう動かすか」という目線に転じます。
つまり、「自分の陣地も、敵の陣地も見渡せる」という状態です。
全てを見渡せるということは、「相手の立場に立った思考ができる」ということ
(それは、神様の目線に近づく、ということでもあります)。
「自分が動く」視界の中だけでは、敵(相手)の事情が見えないので、自分のことで精一杯。
とても他人を慮ることは出来ません。
さらに言うと、戦略も主観でしか見えないため、空回りのひとり相撲に終わるリスクが非常に高くなります。
それは、恋愛や仕事に置き換えても、同じことがいえます。

もうひとつ、ちょっとおかしな例ですが、
自分を「これから調理されるが、すでに傷みかけている、まな板の鯛」だと仮定してください(笑)。
板前に向かって、「オレは刺し身になりたいんだ!」といくら主張したところで、傷んだ鯛を刺し身にはできません。
しかもその日は、あなたより新鮮な、いいのどぐろをお店は仕入れているときた。
ならば刺し身はのどぐろに譲って、あなたは火を入れてもらい、鯛鍋に回ったほうが、
「コース料理」という全体性で見た場合、みんなが幸せな結末を迎えることができます。
しつこく例え続けましたが(笑)、
「自分がどうしたいか」ではなく、「自分をどうするか」という、客観的&俯瞰的な視点さえあれば、
物事はすべてうまく回るようになっています。

「自分を」という目線をもつことは、自己犠牲的に生きることとは違います。
もしもあなたが同僚から、関連会社主宰の飲み会の席に、
「自分は行けないので、代わりに出席してほしい」と頼まれたとしたら、どうしますか?
「業務外なのでムリです」と断るのは、「権利を主張する」という、今どきの風潮においては正しいのかもしれませんが、神様界の常識ではありません。
「自分の会社から誰も行かないのはマズイだろう」と、
「自分をどう動かすか」目線で考えると、ここは引き受けたほうがいい。
おかげで、「決定権のあるキーマンとの出会いがあった」とか、「後の結婚相手と出会った」など、
物事がトントン拍子に進む可能性がおおいにあるのです。
これは「あなたをその場に向かわせるために、同僚に別の用事を与えたんだからね。飲み会に行きなさいよ」という、まさに“上”の采配。
それなのに、「自分が」目線で判断すると、みすみすチャンスを逃すことになりかねません。

「頼まれごと」は、天分を見分けるヒント

僕が好きな言葉のひとつに、「頼まれごとは、試されごと」があります。
これは、「頼まれたことは誠心誠意、心を込めて向き合うと、それが生業になることがあるよ」という意味です。
誰かに何かを頼まれたとき、「面倒くさいなぁ」「なぜ自分がやらなければいけないのか」と、
腰が重くなることは誰にでもあるでしょう。
でもそれは、はたから見ると、「あなたは他の人よりも適任」と見られているからです。
この「頼まれごと」は、あなたが神様に与えられた天分を見つけるヒントにもなります。これまでどんな頼まれごとが多かったのか、過去を遡ってみると一つや二つ、思い当たることがあるはずです。

僕の知人に、「やたらと道を聞かれる」というケースがありました。
本人は気づいていませんが、周囲から見ると、「この人はきっと知っている」というオーラが出ているのです。
実際その方の「人生パイプの種類」は、「役立つ情報を伝える」という、情報パイプ。
まさに、メディア関係のお仕事をされている方だったのです。

「それは私の仕事(役割)ではありません!」と、何でもかんでも線引をして自己主張していると、
神様から「お前、ホント迷惑だな!」と嫌われてしまいます(笑)。
むしろ「はいはい、やるよー」と、町内会を引き受けるような軽やかスタンスでいるほうを僕はおすすめしたいです。
そのほうが物事もスムーズに流れて、結果「自分の好きなことができていた」という座標に導かれていきます。
「この仕事(会社)は、自分には合わない」「この人とは気が合わない」と決めつけている現状に気づいたら、
ぜひ「頼まれごとは、試されごと」の言葉を思い出してみてください。
するといつのまにか、「自分が」ではなく、「自分を」目線で生きている、
得分の上がったご自身に気づくことができることでしょう。

次回の更新は5月3日(水)。
お楽しみに!

Written by yuji
yuji

香川県高松市生まれ。高校卒業後、渡伊。 現地デザイン系大学院卒業後、デザイン事務所に勤務。帰国後、数社での実務経験を経てクリエイティブとその先を繋ぐ仕事に就く。幼い頃から”お呼び”がかかっていたが、そのいわゆる“いかがわしい”道ではなく、ものづくりの道に進む。 しかし、上から度重なる「上からのメッセンジャーとして生きなさい」という警告をうけ、ヒーラーとして活動する決心をする。現在はクリエイティブ活動と並行し、多くの人にセッションを行うほか、自身のさらなるレベルアップのために聖地を巡る日々を送る。

»http://u-tnk.com/

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