はじめての「スイミングプール」
これは、モノを手放し、身も心も身軽になったミニマリストが、「やりたいこと」に挑戦していくお話。
ぼくは明日死んでしまうかもしれない。
だから「やりたいことはやった」という手応えをいつも持っていたい。
いざ、心の思うままに。
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そもそも生命は水の中で生まれた。そして人間の約6割は水でできているという。
水の中で生まれ、今も水であり続ける俺たち。
自分が不純だと感じてしまったときは、どうか思い出してほしい。
あなたは水でできているのだと。
俺は自分を構成する水と一体になり、自分のルーツを知る。
俺はスイミングプールで泳いでいた。
なぜ、人は泳がないのか?
思えば小学校の頃、スイミングスクールに通っていたので泳ぎは得意だった。しかし、ジムに併設されたプールにはなかなか足を運べずにいた。
「人様にお見せするような肉体ではないので…」
「肉体が完成した暁には……」
など醜態をさらすのに気後れがしたことも少しは関係していただろう。
ある時、芸能事務所のマネージャーさんから
「寮で育った女の子は脱ぎっぷりがいい」
という話を聞いたことがある。
共同生活をしている人間は、他人に自分の肌をさらすことになれている。
すると温泉でもなんでも、人前で堂々とスポーンと裸になれるそうだ。
なるほど、俺もいつでも(法律に則って)裸になれるような人間でありたい。
いつでも(法令を遵守して)裸になれるということは、隠すことなくいつでも自分の心をオープンにできることなのだ(個人の意見であり、株式会社ワニブックスとは一切関係ございません)
アランは「幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ」と言った。
俺は「オープンだから脱ぐのではない。脱ぐからオープンなのだ」と言おう。
水泳はミニマルなスポーツ
極度に形から入る俺は、まず泳ぐための道具を揃えた。
「SPEED社のフィットネス用水着!!」
「頭が大きい人用のゆったり帽子!!」
「SWANS社の度付きの水中メガネ!!」
水泳に複雑な道具はいらない。水泳はこの3つがあればはじめられるミニマルなスポーツなのだ。
しかし、黒いメガネをかけるだけで、自分の中の小学生が踊りながら再登場してくるのはなんなんだろう?
『闇金ウシジマくん』の事務所にも、即決で採用されそうな人物がそこにいた。こんなヤツに取り立てられたくない……。
ばあさんとの出会い
俺は、ジムへ向かった。いつものように筋トレをし、普段ならここからランニングに移るのだが、意を決して今日はプールへと向かう。
プールには早い人向けのレーンと、ゆっくり泳ぎたい人向けのレーンがある。
鈍っているとはいえ、俺もかつては香川の種馬トビウオと呼ばれた男。
久しぶりだからといって、お茶を濁すようなことはしたくない。迷うことなく「早い人向けレーン」を選ぶ俺。
早い人向けレーンは空いていて、この後、川へ洗濯へ行き、桃太郎を発見しそうなばあさんが1人泳いでいるだけだった。
久しぶりの水の中はとても気持ちがよかった。身体の中の6割の水が、まわりの水と溶け合い一体となっていくような感覚。水の中にいることは、生命にとって、ただそれだけで喜びなのだ。
そんな感慨もつかの間。
うかつな俺は、ばあさんを舐めていた。
プールのレーンは追い越し禁止だ。「早い人向けレーン」を選んでいる以上、ノロノロとした泳ぎではいつか追いつかれて迷惑をかけてしまう。もちろん休むこともできるが、適切なスピードで泳ぎ続けることが必要になってくる。
ジムでショルダープレスをした後で、俺の肩は悲鳴をあげていた。クロールをする腕が徐々に上がらなくなってくる。平泳ぎに切り替えたり、バタ足に力を入れたりしてゴマかしていたが体力の限界はもうすぐそこに来ていた。
そんな俺を尻目にばあさんは、安定したスピードを保ち続けている。速くはないが驚異的な持続力。ばあさんは無言で俺との距離を縮めてくる。プールの中で『13日の金曜日』のジェイソンにじわじわと追い回されるような恐怖を俺は感じた。
「底知れぬ体力!! なんて、ばあさんだ……!!」
しばらくがんばっていたが、初回はばあさんに完敗だ。いさぎよくレーンの端に寄り、道をあける俺。俺の敵う相手ではなかった。さぞかし名のあるばあさんなのだろう、桃太郎の育ての親になるだけのことはある。
ばあさんが放った刺客
ここちよい敗北感を感じつつもプールを後にし、風呂でゆっくり身体をいたわることにした俺。湯船にはこれから山へ芝刈りにでかけそうなじいさんがただ一人で浸かっていた。このじいさんは、あのばあさんの連れ合いに違いない。
「血は血で、あがなわなければならんな……」
ばあさんでの敗北を、じいさんへの勝利で埋めようとした姑息な俺。
「キエェェェエー!!」
『キャプテン翼』の若島津くんの如く、俺はじいさんに襲いかかる!!
さあじいさん、風呂で我慢くらべだ!!
結論から言うと、じいさんにも完璧に敗北した(じいさんわかってないけど)。
熱い湯のなかで、微動だにしない恐るべきじいさんの忍耐力。さすが、ばあさんと一緒に桃太郎の子育てに勤しんでいるだけのことはある。
二度の敗北を喫し、風呂から出ようとすると、白人でひげもじゃ、サンタクロースみたいなじいさんとすれ違った。
「なんだこのジム!! 童話の主人公限定かよ!!」
疲れていたのと、のぼせていたのと、ほとんどわけが分からなくなっていた俺は取り乱した。とんだ魔境に足を踏み入れてしまった。フラフラとした足取りでジムを後にし、今日はもう何もしない、と誓いながら俺はふて寝した。
【大人の優雅な泳ぎ方】
・筋トレの後の水泳はほどほどに
・ばあさん、じいさんへのリスペクトを忘れない
・当たり前だが、風呂は我慢くらべではない