はじめての「マラソン」

はじめての「マラソン」


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これは、たくさんのものを手放し、身も心も身軽になったミニマリストが、「やりたいこと」に挑戦していくお話。

ぼくは明日死んでしまうかもしれない。
だから「やりたいことはやった」という手応えをいつも持っていたい。

いざ、心の思うままに。

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いちばん暑い12月

スタート時点からの我慢が限界に達し、20kmあたりにあるトイレに並んで入る。
用をたそうと少し前かがみになった瞬間、頭の中で重い軸のようなものが自分の意図とは別に回転をはじめる。熱中症になった経験はないが、どうやらこれがそれらしいと直感する。残りはまだ半分もあるというのに……。

12月だというのに、その日の那覇市の最高気温は28度で12月としては観測史上最高だったらしい。

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冬に沖縄に行ったのは初めてだったが、街中のサンタクロースがいることに、ものすごい違和感を覚える。

いつかは走りたいと思っていたマラソン。思い出すと、母親も若い頃はランナーで、子どもの頃応援に行ったことを覚えている。そんな自分ももう37歳になった。今走らなければ、これから挑戦したいと思う気持ちもか細くなっていってしまうかもしれない。

はじめてのマラソンは「NAHAマラソン」。いくつかの人気の大会に抽選で外れてしまい、倍率も低いこの大会がはじめての挑戦となった。

「ホノルルマラソンもあるぐらいだし、あったかいと身体もほぐれてよさそうだよね〜。ほへへへぇ
無知とは恐ろしいものである。いつもはジムのランニングマシンで走っているだけで、ランニング友達もいない。今回のマラソンもひとりで参加だ!

マラソンを知り尽くした男

形から入るのがいつものパターンなので、準備は入念にした。

マラソンは「食べるスポーツ」と呼ばれたりする。走っている途中で食べなければ、とても最後まで走りきれない。補給食も取り寄せてもぐもぐと試食し、食べやすいものを探す!

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シューズや、ランニングパンツ、帽子など、ひとつひとつ調べ上げ入念に選ぶ!

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いつものことだが初挑戦なのに「マラソンを知り尽くした男」感がすごい。

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「NAHAマラソンを……なめるな!」とか主人公に活を入れそうだよね!

大会まで走り込むつもりが、当時はまだ会社で働いていたこともあって全然走れず。そもそもいつもジムで走っているだけなので、「お外で自分は走れるのだろうか……」という疑念が湧いてくる。そこで本番前に「はじめての皇居ラン」を試してみることにした。

ランニングステーションで着替え、ランニング姿で皇居のあたりを歩いていると「自分はランナーなんだ」という気持ちが芽生えてきてくすぐったい。皇居は一周5キロなので、ペースを確かめるのに都合がいいんですよ。皇居ランは15キロほど走り、極めて順調。そのタイムからマラソンの目標タイムを4時間とした。

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「なんか、初めて走ったんすけど、サブフォー!? っていうんでしたっけ、俺たぶん、それっすわ
とか言いたかったよね。甘かったよね!

 

机上のランナー

 

前日から沖縄入りし、ゼッケンをもらいに会場へ。3万人も出場する大きな大会なのですでにお祭りのようになっている。

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そしておにぎりのみをもしゃもしゃ食べて、カーボローディング!!
経口補水液でウォーターローディングも!!
当日の朝も、切り餅を食べる!!
書籍などで身につけた付け焼き刃の知識でいざ勝負!!

チームの参加者が多く賑わうなか、ひとりで体育座りをしてスタートの瞬間を待つ。ゼッケンは2万番台。スタートの順番はタイムが考慮されるので、初参加の自分はかなり後方からのスタートで、スタートの合図があってからもスタート位置まで20分ほどかかる。

スタートから飛ばそうとするも、なんせ人でごった返している。左に避けたり右にかわしたりしながら、どんどん人を抜いていく。こちとら4時間を目標にしているのだからもたもたもしていられない。

 

国際通りに出るとすでに応援の人が沿道を埋め尽くしている。NAHAマラソンは、コスプレの参加者も多かったり、応援の方からの飲み物や食べ物の提供が、めちゃくちゃ充実していることで有名。ほとんどお祭りのような大会なのだった。そもそも楽しみ方を間違えていた。これはタイムではなく、楽しんで走るための大会なのだった。

気づいたマラソンの真髄

暑さはあったが、15kmぐらいまではそれでも順調だった。自分のペースを教えてくれるランニングウォッチを確認し、調整しながら走る。そして20kmのトイレ地点で、自分がこんなにも疲弊していたことを知る。身体は常にオーバーヒート状態で、日差しが照りつけると体力が奪われていくのがわかる。のどが渇くので、エイドで水を飲みあさる。とにかく暑いので、スポンジで体を冷やし、水を撒いていてくれる人がいれば頭から浴びる。ここでようやく悟る。

「あ、マラソンって寒い時に走るべきスポーツなんやな!

気づくのは遅かったがなんとか、30km近くまで走る。このあたりで、まず右足のふくらはぎに異変が起きた。走っているとピクピクして「これからつりますね」というサインを出してくる。右足をかばいながら走っていると、左足のふくらはぎにも同じことが起こった。

「走るのをやめないと、我々つりますんで!」
と言ってくる。歩かないこともひとつの目標ではあった。

村上春樹の「もし、自分の墓標に刻まれる言葉を自分で決められるなら、『村上春樹 作家(そしてランナー) (生年~没年) 少なくとも最後まで歩かなかった』としてほしい」とかカッコイイし、俺もそれやる〜、とか思っていたのに仕方なく歩き、足が完全につってしまわないように、ところどころで止まって伸ばしてやりながら走る。

 

30kmの壁

 

本当にもどかしかった。体力は残っているのに、足がつりそうで走れない。少し走りを戻してみれば、また足がピクピクと始める。今から思えば、ふくらはぎに負担のかかるような走り方だったし、水分を取りすぎてしまったのも痙攣の原因だった。自分が拙すぎたのだった。

マラソンには「30kmの壁」という言葉があるが、まさにそれだった。30kmまでは「寝てます」と発言する人もいる。本当にそこからが勝負なのだ。30kmからは本当に辛かった。1kmごとに表示があるのだが、それが全然変わらず、1kmが遠い。あまりに変らないので逆に後退しているのではないかと思うほどだった。
ふくらはぎは痛み、足はむくみすぎて靴にパンパンになっている。

それでも走れたのは「初マラソン」だったという理由が大きいと思う。マラソンはこれぐらい苦しいものだと初めてだから何もかもよくわからなかった。他の参加者に話を聞くと、やはり暑さで過去いちばん苦しい大会だったという人もいたようだった。

そして沿道の応援も大きい。子どもとハイタッチすれば、マリオカートのダッシュゾーンのように力が湧いてくる。おばあの梅干しのおかげで、なんとか最後まで足も持ったよ。サーターアンダギーは、水分持っていかれるので注意な! 沖縄マラソンは暑いが、人の温かさも屈指の大会なのだった。

 

締まらないゴール

 

40km付近では足もようやく回復して走る。競技場にたどり着き、ここでゴールだと勘違いして全開で走ったら、まだ残っていて本当に肩が落ちた。限界だった。間違いなく自分史上でいちばんやり切った、苦しい経験だったと思う。ゴールを切ると、途端に気力は失われ芝生に寝転ぶ。

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「はい、そこで寝ないで〜。もう少し先に休むとこあるからね〜」と係の人に言われて締まらない。中田に同じこと言えんのかよ!

もらったメダルと証明書。

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目標には全然届かなかったけど、スタートからのタイムは5時間切りでまあまあかな。このメダルはすぐに手放した。メダルを手放しても、芝生に寝転んで見た空は忘れないと思ったからだ。

 

まだお酒をやめていない頃だったので、ゴールしたあとのビールがさぞかし美味しいだろうと思ったが、並んでいる列を待つ気力もなくさっと電車に乗って帰る。しばしの休憩のあと「牛角」でひとり打ち上げがはじまる! 

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ひとりでひっそり沖縄に行き、ひっそり終わった挑戦だったが、ここに書いたことで報われたかも!

最高気温が28度というのは、終わってから知った。完走率は53%と驚愕の低さ。どおりで人がバタバタと倒れていたわけだね!

ジムでしか走ったことなくても、37歳で初挑戦でもマラソンは完走できる。「マラソンを完走した」という矜持は、どこかで自分の意志力を助けてくれる。そしてあれだけの苦しみがあるからこそ、走り終わったあとの充実感は半端ない。終わって1ヶ月もすると、次のマラソン大会を探し始めている自分がいた。

時計を確認すると、最後の2kmがいちばん速かった。
墓標は『佐々木典士 ミニマリスト(形から入るタイプのランナー) (1979年~没年) 最後の2kmがいつもいちばん速かった』にしておくれ。

あ、墓標とかいらなかった、ミニマリストだから! 灰を海に蒔くか、木の下に埋めるかして欲しい。鳥葬も可!!

 

【マラソン心得】
・マラソンはひとりで参加してもいい
・マラソンは寒い時期が吉
・でもNAHAマラソンは楽しい


Written by sasaki fumio

作家/編集者/ミニマリスト 1979年生まれ。香川県出身。出版社3社を経てフリーに。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに、『Minimal&Ism』を開設。初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(小社刊)は、国内16万部突破、22ヶ国語に翻訳される。新刊「ぼくたちは習慣で、できている。」が発売中。

»http://minimalism.jp/

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