第1話 鬼ヶ島再襲撃

第1話 鬼ヶ島再襲撃


——————————————————————————

世の中のグレーゾーン、タブーに切り込む作家
森達也さんが、名作寓話をもとに現代の世相を斬る。

——————————————————————————

 スマホが震えた。
 ディスプレイには顔写真のアイコン。
 にやついた顔が大きすぎて、フレームから両頬がはみ出している。

 久しぶりだな、とつぶやきながら、キジはスマホを耳に当てた。

 「はい。恭一です」
 「ご無沙汰だな。その後、どうだ」
 

 甲高い声が耳に響く。
 少しだけスマホを耳から離してから、「どうだと言われても」とキジは答える。

 「……とりあえず、しがないフリーランスのディレクターで日々を過ごしています」
 「鳥だからとりあえずか」

 (笑)と語尾につけたくなるジョークを聞き流して、「先週テレビ朝日の仕事を終えたばかりです」とキジは言った。

 「来週、空いているか」

 いきなりだ。その後はどうだと質問しておきながら、桃太郎はキジの答えに興味を示さない。変わってないなとキジは思う。そもそも桃太郎は他人に興味がない。頭の中は自分のことでいっぱいだ。少し間をおいてから、「来週は空いています」とキジは答える。

 「一緒に鬼ヶ島に行くぞ」
 桃太郎は言った。

 「鬼たちがまた増えている。そろそろ成敗しなければならない」
 「…それは、ディレクターとして、ということでしょうか」


1 2 3 4
Written by 森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

»この連載の記事を見る