第3話 子供たちが屠殺ごっこをした話

第3話 子供たちが屠殺ごっこをした話


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世の中のグレーゾーン、タブーに切り込む作家
森達也さんが、名作寓話をもとに現代の世相を斬る。

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 昔、フリースラント(現在のオランダ)のフリェンチャルという町で、子供たちが”屠殺ごっこ”をやっていました。もちろん「ごっこ」です。つまり遊び。豚を運ぶ人や屠殺人や血を皿で受ける人など役割を分担して真似をするだけ。ところが問題がありました。一人の子供が、家から本当のナイフを持ち出してきていたのです。

 屠殺する役の子供はそのナイフを手にして、豚役の子供の喉をナイフで裂く真似をしました。もちろん「真似」です。だって「ごっこ」だもの。でも手にしたナイフはよく研がれていて、本当に鋭かったのです。そして小さな子供の咽喉の皮膚は本当に薄くて柔らかだったのです。ナイフの刃は豚役の子供の咽喉を裂き、子供は小さな声をあげると同時に血を流しながら死んでしまいました。

 町は大騒ぎになりました。もしも大人の犯行なら、町の小さな裁判所は当然のように重い罰を決めたはずです。でも犯人は幼児です。村人は頭を抱えました。ならば罰を与えるべきではないのでしょうか。

 それはダメだ。

 裁判官の一人が言いました。いつもはパン屋の主人です。罰とは何のためにあるのか、と彼は言いました。被害者の恨みを晴らすためにあるのだ。ならば犯人が大人だろうが子供だろうが関係ない。被害者の気持ちを思えば、同じ罰を与えるべきだ。

 被害者はもういないよ。

 もう一人の裁判官が言いました。ちなみに彼は、いつもは街の仕立て屋のご主人です。被害者遺族がいるじゃないかとパン屋の主人は言い返しました。

 仕立て屋の主人とパン屋の主人、それぞれを支持する人たちが声をあげて、裁判所は大混乱です。そのとき裁判長が、美味しそうに熟したリンゴと大きな金貨を左右の手に持ちながら立ち上がりました。彼は町の長老で、現役のころは大工さんでした。

 「明日、このリンゴと金貨を子供の目の前に並べて、どちらか1つを選ばせよう。もしも子供がリンゴを選んだら、やはり無知無分別ゆえの事故であったと見なして無罪にします。もしも金貨を選んだら、価値判断の分別が備わっていた上での事件と見なして重い罰を与えましょう」

 なるほど。長老の提案に、全員が感心しながら納得しました。そして翌日、法廷に連れてこられた子供は、嬉しそうにリンゴを手にしました。無罪の確定です。

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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