第3話 子供たちが屠殺ごっこをした話

第3話 子供たちが屠殺ごっこをした話


 ヤーコプとヴィルヘルムのグリム兄弟が、幼いころに聞いたフォークロアや民間の伝承、老人や旅人が話す御伽噺や昔話などを採取して編纂したグリム童話は、1812年に第1巻、そして3年後の1815年に第2巻が刊行された。しかし売れ行きは相当に悪かったらしく、予定されていた第三巻の刊行は中止されている。

 その後に一回版を重ね、第三版を刊行した1837年以降、グリム童話は少しずつ評判になり始めた。初版から25年が過ぎている。年間に10万冊近い書籍が刊行される今の日本の出版状況からは考えられない。その後も兄弟は、いくつかの話を削ったり加えたり入れ替えたり修正したりしながら、第7版まで改訂を続けた。まさしくライフワークだ。今では世界160以上の言語に翻訳されて、世界的なベストセラーとしては聖書に並ぶ、といわれるほどグリム童話は広く読まれている。ちなみに兄弟が逝去したころ、同じように民話を採取して編纂した柳田国男が生まれている。彼の代表作『遠野物語』も、時代を超えて読まれ続けている静かなベストセラーだ。

 いま僕たちが読むグリム童話のほとんどは、最終版である第七版をもとにしている。そして七版に至るまでに、消えてしまった作品もたくさんある。特に今回取り上げた『子供たちが屠殺ごっこをした話(Wie Kinder Schlachtens miteinander gespielt haben)』は、第二版以降には載っていない。つまり一版だけだ。グリム兄弟が真っ先に削除した作品ということになる。

 削除された理由は、あまりにも凄惨で教訓性が薄いからということが定説だが、教訓性はともかく凄惨である云々については、少し首をかしげたくなる。だってこの話は、グリムの他の話に比べて特に際立って凄惨な描写があるわけではない。そもそもグリム兄弟が童話集を編纂するきっかけになった「ねずの木の話」は、継母が先妻の残した息子を殺害し、さらにその遺体を切り刻んでシチューに放り込んで夫(つまり息子の実の父)に食べさせてしまうという話だ。グリムでは最もポピュラーな話のひとつである「ヘンゼルとグレーテル」は、男の子を食べるために太らせようとした魔女が、最後には男の子を料理するために火をおこしたかまどで自分が焼き殺されてしまうエンディングで知られている。

 版を重ねながらグリム兄弟は、凄惨で残虐な描写を可能なかぎり削り、母が幼い子供に安心して読めるように性的な記述を修正した。言い換えれば最初の版に近づけば近づくほど、凄惨で残虐、そして性的な記述が多いということになり、このあたりは桐生操が書いた『本当は恐ろしいグリム童話』に詳しい。

1 2 3 4 5
Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

»この連載の記事を見る