第3話 子供たちが屠殺ごっこをした話

第3話 子供たちが屠殺ごっこをした話


 奉行の手の上に置かれた小判は鋳造されたばかりらしく、キラキラと陽の光を反射している。男の子はじっとその小判を見つめている。しまったと夫は思う。昨夜練習に使った小判は、妻が貯めていた虎の子の古い小判だった。煌めきや艶がまったく違う。
 次の瞬間、男の子は小判に手を伸ばしていた。

 殺された方の親共進出で、
 『斯様な不敵者でございまする。』と申上げる。一方の親達は唯悲しさに、思はず聲立て〲歎くのみであつた。
 (前掲書)

 もしもこの時代の法廷の傍聴席にメディアがいたならば、脱兎のごとく法廷の外に飛び出したテレビ局の記者は「死刑です、死刑です、いま死刑判決が出ました!」と自局のカメラに向かって叫ぶだろう。あわてて廊下に出た新聞記者たちは奉行所の記者クラブに駆け足で戻り、翌日の朝刊用にノートパソコンに向かって、「被告人は謝罪の言葉もなく」とか「反省の色もなく」とか「ニヤニヤと笑いながら小判を手にした」などと書いた記事を本社にメールしていただろう。

 「抜いた」「抜かれた」という用語が示すように、メディアは速報性に過剰にこだわる。一時間や二時間遅れたってどうってことないのに。つまりこれは組織(メディア)の論理。個(ジャーナリスト)の論理ではない。そしてこのときも、記者たちは間違いを犯してしまった。大誤報だ。泣き崩れる被害者側の両親と手をとり合って喜ぶ加害者側の両親の双方に静かに視線を送ってから、奉行はからくり人形を横に置いた。

 (そのとき奉行が)仰せ出されしは、「さては知恵なき子に極まるなり。命を取るといふにかまわず金子を取るところ、偽りなし。命のほか、大切なものありや。ここをもつて助けおく」と仰せ出されけるとなり。
(前掲書)

 井原西鶴の原作はこれでエンド。これ以降の記述はない。だから二組の両親たちが、このときどんな反応をしたのかはわからない。まあ想像はつく。ここまでの話の流れからすれば、被害側の両親はがっくりと肩を落とし、加害側の両親は手をとり合って喜んだのだろう。

 元禄時代に少年法はない。でもその意識はあった。未成熟な少年少女に対しては、罪と罰についての定義を修正する必要がある。子供は純粋だ。だから時おり残虐になる。大人から見れば、ありえないことをしてしまう。そして何よりも、それまでの体験量が少ないからこそ、演繹や帰納する力が未熟だ。事態の予測が不十分なのだ。

 少年法の理由を多くの人は「子供は可塑性が高い(変わる可能性がある)から」とするけれど、多くの死刑囚や犯罪者に会ってきた僕の体験から演繹すれば、大人だって可塑性は子供と同様に高い。何かのきっかけで変わらない人などいない。可能性はいくつになってもある。人の内面は深い。罪を犯した少年を保護する理由は、可塑性の高さよりもむしろ、先を見通す力が決定的に弱いからだ、と僕は思っている。

 結論はグリムとは真逆。いや先を行っているのか。やはり井原西鶴はすごい。人に対しての洞察が半端じゃない。ただしこのストーリーについては、僕はひとつ大きな違和感がある。
 被害側の両親の描写がステレオタイプすぎるのだ。

 愛する子供を殺害された両親の報復感情は強い。それは当然だ。でもそれだけではない。耐え難いほどの悲しみ。闇のような絶望と虚無。……こうして書きながら違うと思う。言葉が上滑りしている。加害者の命を奪うことが決まったからといって、小躍りする被害者遺族など絶対にいない。そして被害者遺族は、加害者を憎むだけではなく自分をも責める。あのとき引き止めればよかった。声をかけるべきだった。悔やみ続ける。自分を責め続ける。その心情を安易な言葉に置き換えるべきじゃない。

 死刑制度については何冊か本を書いた。廃止すべきと思っている。そんな発言をするたびにネットなどではよく、「被害者遺族の気持ちになれ」とか「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」などの声を浴びせられる。死刑囚だけではなく、多くの加害者家族や被害者遺族に僕は会ってきた。言葉を聞いてきた。そのたびに思う。彼らの深い絶望や悲しみを想像することは大切だ。でも同一化すべきではない。想像力には射程の限界がある。本当の共感などできるはずがない。その引け目を持つこと。後ろめたさを引きずること。そのうえで自分に何ができるかを考える。

 僕は言葉と映像を仕事にしている。二つとも決して万能ではない。世界は複雑だ。人の内面は深い。正確な描写などできない。だから悶える。悩む。それが自分の仕事なのだ。もうすぐ元号が変わるけれど、それはこれからも変わらない。

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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