第3話 子供たちが屠殺ごっこをした話

第3話 子供たちが屠殺ごっこをした話


 御奉行其時、金子一両と機械人形をお出しなされ、
『此二品を明日其兒に取らせて見よ。金子を取れば、心のあるものとして命を取り、人形を取れば、邪氣無いものとして命は助けて遣はす、善と悪との大事はこ〲に極まつたり、愈々明日召連れて罷り出でよ。』と仰せ付られた。
 (『日本古典全集. 西鶴全集 第二』井原西鶴 著、正宗敦夫 編集、集日本古典全集刊行会)

 機械人形とはからくり細工の人形のことだろう。子供の大好きな玩具と一両の小判を二組の両親の目の前に差し出した奉行は、「明日、この二つを(被告人の)子供に選ばせよう。小判を手にしたなら、ものの価値がわかっているから死刑にする。人形を選ぶのなら命は助ける」と宣言した。

 七歳の男の子の両親は家に帰り、家にあった人形とへそくりの小判を男の子の目の前に出し、「いいかい。明日は人形を選ぶのだよ。もしも金子を手にしたら、おまえの命はないぞ」と何度も教えた。

 「わかったのか」
 「うん、わかった」

 そう言いながら、男の子はニコニコしている。本当に事の深刻さをわかっているのだろうか。布団に川の字になって横になって男の子が寝息を立て始めたことを確認してから、妻は「ねえ、おまえさん」と背中を向けて寝ている夫に話しかけた。まだ眠っていないことはわかっている。

 「おまえさんたら」
 「…何だよ」
 「この子は、昔から何となくKY的なところがあったわね」
 「なんでえKYって。今は元禄時代だ。アルファベットなんて知るはずがねえ」
 「何であんたはアルファベットを知っているのさ」
 「とにかくいくらKYでも、明日は自分の命がかかっているんだ。お白州の雰囲気は普通じゃない。それくらいは空気を読むだろうさ」
 「そうかねえ」

 結局のところその夜は、夫婦ともまんじりともしないまま眠れず、翌朝になって起きてきた男の子に、「いいか。忘れてないな。人形を選ぶんだぞ」と夫はもう一度言った。

 男の子はにこにこと笑っている。我が子ながら、KYではなくて少し足りないのではないかと夫は思う。生まれてすぐのころにオンブしていて頭を柱に思いきりぶつけてしまったことがある。女房には黙っていたが、あれが原因だったかもしれない。

 「お願いだよ。お父やお母のためじゃなくて、おまえのためなんだからね」
妻が言った。息子はやっぱり笑いながら、「人形をとる。わかったよ」と言った。

 「忘れちゃだめだよ」
 「大丈夫」

 男の子はいつものように朝食をたっぷり食べた。父と母は緊張でのどを通らない。約束の刻限が近づいてきた。三人は奉行所に出かける。被害者側の両親はすでに来ていた。泣き疲れたのかぐったりとしている。父と母は深々と頭を下げる。立場を換えれば、怒り悲しむことは当たり前だ。

 お白州に奉行が現れた。人形と金子を手にしている。男の子の目の前に奉行はそれを差し出しながら言った。

 『こりやよう聞け、其方人形を取れば命を助け、小判を取れば命を取るぞ。』
 (前掲書)

 つまり奉行は子供に対して、「人形を取れば命を助けるが、小判を取ればおまえは死刑になるぞ」と説明したのだ。これは約束が違う。被害者の子どもの親は、思わずルール違反ですと声をあげそうになった。だってそこまで言われて、小判を選ぶはずがない。

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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