第8話 金の斧

第8話 金の斧


 むかしむかし、あるところに、とても真面目で働きものの一人のキコリがいました。

 キコリは毎日一生懸命働いていました。

 そんなある日、池のほとりでキコリが仕事をしていたとき、振りかぶった斧が手から抜けて飛んでゆき、池に落ちてしまいました。

 斧がなければ仕事になりません。池のほとりでキコリが泣いていると、ふいに池の表面が七色に輝き始めました。

 いったい何が起きるのか。唖然と見つめていたら、池の中から女神が現れました。女神はキコリに泣いている理由を訊ね、少しお待ちなさいと言ってから、再び池の底に潜りました。

 ……おそらくはほとんどの人が子供時代に読んだ「金の斧と銀の斧」は、そもそもはイソップ寓話集に収録されている話のひとつだ。

 ただし相当にアレンジされている。

 イソップの原典では池ではなく川の設定だ。そしてその川から現れる神はオリンポス12神の一人で、旅人や商人などの守護神とされているヘルメスだ。女神ではない。

 まあでも、確かに川よりも池のほうがイメージしやすい。さらに男神よりも女神のほうが煌びやかだ。なぜ男神から女神に変ったのか。ジェンダー的な視点でいろいろ斜めから考察することもできなくはないけれど、今回はシンプルに池と女神のセットで進める。

 いくつかを読んだが、真面目で働きものであること以外は、キコリのプロフィールについての記述はほとんどない。年齢はきっと若い。二十代後半。一人暮らしだ。名前は泉谷浩二。

 確かに真面目な男だった。優秀な成績で大学を卒業して一流商社に就職したが、任された仕事が遺伝子組み換え種子やプラスティック製品の輸入業務で、自分の仕事は地球の環境に負荷を与えていると思い悩み、この春に会社を辞めたばかりだった。

 そんなときに書店でエコロジーライフを推奨する本を手にした。これしかない。退職金をはたいて田舎の山林に土地を買って自分でログハウスを建てた(実はキットだが)。

 憧れのエコロジーライフ。電気もないしガスや水道もない。それで満足していた。ただし一人息子の成長を生きがいにしていた両親は、当然ながら気落ちしている。でも泉谷は気にしていない。そういうタイプだ。自分が正しいと思うことへの懐疑がほとんどない。よく言えば真直ぐ。悪く言えば扁平。

 とにかく泉谷は泣き続けた。

 ならば自分で池に潜って斧を探せばいいと思うが、実は池はとても深いのだ。しかも底はぬかるみ。池の中に落としたら、見つかることはまずない。だから池から再び現れた女神に、泉谷は思わず言った。

 「泥まみれです」
 「それはそうよ」

 そう言ってから女神は、背中の後ろに隠していた金の斧を、泉谷の目の前に差し出した。

 「見つけましたよ。おまえが落とした斧はこれですね」

 しばらく不思議そうに金の斧を見つめてから、泉谷は顔を上げて女神を見つめた。

 「いやいや。これは違います。こんなピカピカ光る斧じゃないです」
 「ではこれですか」

 次に目の前に差し出された銀の斧をしばらく見つめてから、泉谷は頭を激しく横に振りました。

 「これも違う。黒い斧です」
 「これでもいいんじゃないの」
 「いや。私の大切な仕事道具です。あの斧でなければ、樹はうまく切れません」
 「また私に泥に潜れって言うの」

 怒ったように言って「文字どおり、私は顔に泥を塗られたわ」とつぶやいてから、女神はくすくすと嬉しそうに笑った。あたし今日は冴えてるわ。でも生真面目な泉谷には意味がわからない。きょとんとしている。

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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