第6話 オオカミと少年

第6話 オオカミと少年


 スマホの着信音が鳴りました。
 フェイスブックのダイレクトメッセージです。

 農作業をしていた村人Aは、耕運機のエンジンを切ってから、作業ズボンのポケットに入っていたスマホを取り出してフェイスブックのアイコンをタップしました。

 オオカミが来た!

 投稿者は山のほうに暮らしている羊飼いの少年です。

 これは大変だ。村人はあわててこのメッセージを、村長や自警団長など村の有力者たちに送ります。ついでに妻にも、「オオカミが来た🐺 、家から出るな🏠」とダイレクトメッセージを送りました。妻はスマホのヘビーユーザーです。おそらく数分後には、村人全体でこの情報は共有されているはずです。

 この情報を投稿した少年は、山のふもとにある小さな村に住んでいました。

 両親は数年前に病気で亡くなり、まだ幼かった少年は父親の仕事だったヒツジ飼いを引き継ぎました。毎朝早く、一匹のイヌと一緒に柵の中にいるヒツジたちを引き連れて山を上り、日が暮れるころにヒツジたちとともに家に戻る毎日です。

 一人だから仕事を休みたくても休めません。毎日が同じことのくりかえし。

 同世代の子供たちは学校に行ったり放課後には学校のグランドで野球をやったりしているけれど、少年にはそんな時間も経済的な余裕もありません。山を上ったり下りたりしているときは、ヒツジが群れからはぐれてしまわないようにしっかりと見張る必要があります。そして山に着いたら、オオカミの襲撃に警戒しなくてはなりません。
 でも実際は、少年が生まれる前から父親が飼っていた牧羊犬のペスが、ヒツジたちの看視役を引き受けてくれています。だから山に着いたらけっこう暇です。ところがやることがない。少年は孤独でした。そして刺激のない日常に退屈もしていました。

 そんなある日、少年は山の上で隣村のヒツジ飼いに出会いました。一回り年上の彼は、片手に握りしめた何かをじっと見つめながら歩いています。少年が近づいてきたことにも気づきません。

 「僕がもしオオカミだったら大変だよ」
 少年は言いました。

 びっくりしたように顔を上げた年上のヒツジ飼いは、話しかけてきたのが少年だと知って、小ばかにするように片頬に笑みを浮かべました。

 「誰かと思ったらおまえか」
 「何を見ているの」
 「おまえには関係ないよ」

 そう言って年上のヒツジ飼いは行き過ぎようとしましたが、二カ月ぶりに誰かと話す少年は、必死にそのあとをついてきます。

 「ついてくるなよ」
 「何を見ているのか教えてよ」
 「スマホだよ」

 もちろん少年はスマホを知りません。仕方なく年上のヒツジ飼いは、スマホが何であるかを説明しました。

 「これを使えば世界のいろんなことが、今この場にいても知ることができるんだ。それだけじゃない。遠くにいる人と話すこともできるし、ゲームだってやり放題だ。写真を撮ることもできるし、撮った写真をたくさんの人に送ることもできる」

 少年は驚きました。そんな便利なものがこの世にあったのか。

 「僕にも使えるかな」
 「字は読めるのか」

 少年はうなずきました。両親が生きていたときは学校に通っていました。簡単な読み書きくらいならできます。

 「だけど高いぞ。おまえには無理だ」
 「高いっていくらくらい?」
 「ヒツジ二十匹の羊毛を売ればなんとかなるかな」

 二十匹の羊毛ならば少年の三か月分の生活費です。がんばればなんとかなる。そう考えた少年は、それから必死に働きました。やがて秋を迎え、刈り込んだ羊毛を町に売りに行き、その足でドコモショップに寄った少年は、旧型のスマホを買いました。
 ドコモショップの店員の説明によれば、山の中腹に最近アンテナを設置したので、上のほうまではぎりぎり電波が届くようです。孤独な少年は大喜びでスマホを手に家に帰りました。

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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