第6話 オオカミと少年

第6話 オオカミと少年


 少年はツイッターとフェイスブックを同時に始めました。

 でもフォロワーはなかなか増えません。ずっと一桁のままです。
 だって少年の生活には投稿するようなことがほとんどありません。
 最初のころは草を食むヒツジたちや壮大な山の景色を写メして投稿して何人かに「いいね!」を押してもらったけれど、毎日が家と山の往復なので、他に撮るものを思いつけません。ヒツジや山を角度を変えて撮って投稿しても、(当たり前だけど)数人のフォロワーから反応はありません。
 どうやったら拡散するのだろう。どうやったらシェアやRTしてもらえるのだろう。
 孤独な少年はそればかりを考え続けます。

 オオカミが来た!

 この投稿の効果は絶大でした。あっというまにシェアとRT数は200を超えました。ただしシェアやRTだけではなく、村の自警団が出動する騒ぎになりました。手に銃や鍬や鋤を持った屈強な男たちが、顔色を変えて山を上ってきました。羊の群れの横にいた少年に声をかけます。

 「おーい! 大丈夫か?」

 久々に多くの人から声をかけられた少年はすっかり嬉しくなって、思いきり大きな声で「大丈夫です!」と答えました。

 「オオカミはどこに行った?」
 「みんなが来てくれたので逃げてゆきました」
 「ならばよかった」と自警団の団長が言いました。「しかしこれからは一人で行動しないほうがいい」
 「ありがとうございます。でもそれは無理です」
 「何で無理なんだ」
 「僕に家族はいません」と寂しそうに微笑みながら少年は言いました。「ずっと一人で生きています」
 「それは困った」
 そう言って腕組みをする団長に、「スマホがあるから大丈夫じゃねえか」と副団長が言いました。
 「いいか少年、もしもまたオオカミが現れたら、すぐに今日のように知らせなさい」
 「わかりました」

 少年は嬉しそうです。その横ではペスが、少し困ったような表情でみんなの顔を見上げながら、力なく尻尾を振っています。

 こうして、孤独な少年は孤独ではなくなりました。オオカミが来たとSNSに投稿すれば、みんなが心配して駆けつけてきてくれるのです。やがて村人だけではなく、少年の発信はテレビ局の報道部の誰かの目に留まりました。オオカミが頻繁に現れる危険地域に一人で暮らす少年として、テレビ局はニュース枠で特集番組を放送しました。

 その番組が放送された翌日、村議会でオオカミアラートを設定することが、議員全員の賛成で可決されました。少年が「オオカミが来た」と投稿したらすぐに、村のあちこちに設置したスピーカーからアラート音が大音量で流れ、家に入ってテーブルの下などに隠れなさい、などと村人たちに警告します。

 少年の「オオカミが来た!」との投稿は平均すれば三日に一度ほど。
 そのたびに村は大騒ぎ。走っていたバスはその場に停止します。

 かえって危ないのでは、と思う人はいるけれど、全体が同じ動きをしている状況で、空気に水を差すような意見は言いづらい。そもそもオオカミが出たことでなぜバスが停まらなければならないのか、少し大げさすぎないか、危機を煽って次の選挙で現職有利に持ち込む気ではないのか、そんなことを思う人もいるけれど、やっぱり仲間外れになりたくないので口には出せません。

 それとは逆に、とにかくオオカミは危険なのだ、と主張する人も現れました。絶対に許すことはできない。攻撃は最大の防御だと提言する人も現れます。ならば先にオオカミを襲撃すべきだ。村の誇りを守れ。この村は貴い。もう何が何だかわかりません。

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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