第9話 ハーメルン

第9話 ハーメルン


 1284年、ハーメルンの町にはネズミが大繁殖していた。

 農作物が大きな被害を受けるだけではない。ネズミはペスト菌を媒介する危険な生きものだ。

 当時のペストは致死率が非常に高く、感染すれば十人中6人から9人が死んだ。
 別名は黒死病。敗血症を合併する可能性が高く、その場合は全身の皮膚が黒ずんで死ぬからだ。

 アオカビから発見された抗生物質(ペニシリン)が商品化される20世紀半ばまで、ペストは人類の最大の敵だった。特にピーク時の14世紀は、当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2にあたる約2000万から3000万人前後がペストで亡くなっている。

 だからこそハーメルンの人たちは、不安と恐怖でパニックになった。町ぐるみで必死にネズミの駆除を始めたが、ネズミ算式に増えるネズミは増えるばかりだ。

 そんなとき町に、手に笛を持って色とりどりの布をパッチワークした衣装を着た男が現れ、自分ならネズミをすべて退治できると町の人々に告げた。

 非常時でなければ誰も相手にしない。だってファッションセンスが常軌を逸している。旅芸人だったのかもしれない。でも町の人たちは本当に困っていた。一縷とはいえ可能性にすがりたい。噂を聞きつけた町長が交渉したら、男は成功報酬という条件をあっさり飲んだ。
 ならば町としてのリスクはない。町長は男と契約した。ネズミを退治してくれれば報酬を支払います。

 その翌日。町の大通りに立った男は、手にしていた笛を吹き始める。

 すぐにネズミが男のもとに集まり始めた。地下室から。下水溝から。壁の隙間から。たくさんのネズミが男の足もとに寄ってくる。町の人たちはあっけにとられてその様子を眺めている。やがて男は笛を吹きながら歩き始めた。笛の音は少しずつ大きくなり、離れた場所からもネズミたちは集まり始めた。すさまじい数だ。

 頃合良しと見計らい、男は市の中心部を流れるヴェーザー川に向かい、笛を吹きながら川の中に入る。男にとっては腰から下の水位だが、ネズミたちにとってはきわめて危険な水位だ。でもネズミたちは歩みを止めない。次から次へと川の中に入り、溺れ、窒息し、川下に流されてゆく。

 こうして町からネズミはいなくなった。川から土手に上がってきた男は、集まっていた群衆にぺこりとお辞儀をしてから、「さすがにびしょ濡れです。今はまず風呂に入りたい。町長のもとには明日お伺いします」と言ってから、宿へと帰っていった。

 グリム兄弟によって有名になった「ハーメルンの笛吹き男」の話が、実話に基づいているという説はかなり流布されている。そもそもハーメルンはドイツ連邦共和国のニーダーザクセン州に実在する都市だ。またこの事件そのものが起きた日時も、原典では1284年6月26日と特定されている。

 ならば史実なのだろうか。しかし町のすべてのネズミたちが笛の音に誘われて川に飛び込んだという話を額面どおりに受け取ることはできない。

 とにかく話に戻る。

 宿に帰る男を町の人たちは見送った。これでもう今夜から安心して眠ることができる。でも一人がぼそりと言った。「成功報酬ということで男はずいぶん高額な報酬を要求したと聞いている。しかしあいつがやったことは笛を吹いて川に入っただけだ」

 確かにそうだ。結局は自分たちの税金なのだ。町の人たちは役場に向かう。ネズミがいなくなったと大喜びで祝杯をあげていた町長に、「一体いくら払うと約束したんだ」と詰めより、金額を聞いて仰天した。

 「町の年間予算の三倍だ」
 「ありえないだろ」
 「あいつは笛吹いて歩いただけだ」
 「納得ゆかねえ。必要経費だけでいいはずだ」
 「必要経費ってなんだ」
 「宿代と交通費。あとはあの奇天烈なズボンの洗濯代くらいはつけてやってもいい」
 「いやあ、だって約束しちゃったし」

 おどおどと小さな声で反論する言う町長に、町の人たちは「ならばおまえが払え」と声をそろえて言い返した。ある意味で群集心理だ。

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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