「ほとんど男子校」だった大学で求められた、「女子」としての役割 #それでも女をやっていく

「ほとんど男子校」だった大学で求められた、「女子」としての役割 #それでも女をやっていく


しかし、わたしは実際には男ではない。

他人に対する「アリ」「ナシ」を人前で発言してしまうまでの愚かさを育てずにいたらず、「ナシ」とされる側の気持ちを理解することができ、ただミソジニー※1やルッキズム※2にとどまらないこの世の、人間に対する傲慢なジャッジに対して、真摯に向き合いたいという気持ちを持つよう努力している。常に正しく振る舞えているわけはないだろうし、取りこぼしてしまっている部分はたくさんあるだろうが、少なくともそう努めたいと思えるのは、とても幸せなことだと思う。もしかしたら大学にいた頃は、自分も「東大男子」として無邪気に他者をジャッジすることを羨ましく思っていたかもしれないけれど、今はそうではない。無知なまま、たとえ時代の流れにより何かを知っても、多大な努力を払わない限りは本当には理解できず歳をとっていくのだろう彼のような人のことを考えると、気の毒に思う。そういう人たちにも何か理解のきっかけがあるといいだろうと、祈っている。祈っているので、この経験を書いている。

ちなみに、件の発言をした彼は、学部から付き合っていた法学部の彼女を、資格試験合格の翌日に振ったらしい。彼は、さらに自分に見合った「アリ」を手に入れるために取捨選択をしたのだろうか。彼にはその後一度も会っていないが、実はわたしはその彼女とは、やはり別のゼミで一緒になったのをきっかけに友達になり、卒業後もS N Sでほそぼそと交流をしている。

先日はふとした連絡を機に、8年越しにお茶もした。一見なんでもそつなくこなすような怜悧な風貌の彼女は、真面目で不器用で、サンリオキャラが大好きだ。最短ルートで渉外弁護士になった彼よりは時間をかけて勉強して司法試験に合格し、やはり弁護士事務所で働いている。さすがに待ち合わせに苦労するだろうかと思っていたのに、8年前と同じリュックで登場したので、後ろ姿でも彼女だとすぐにわかり、つい吹き出してしまった。きっと彼女は「アリ」とされて嬉しいとか、そういうことを考えない局面で、彼と付き合えていたのだろうなと思う。彼が重きを置かなかっただろう彼女の美点を感じるとき、わたしはそれを知れるわたしでよかったなと思う。いや、彼女だけでなく、全ての女性と接しているとき、わたしは「女子」という属性の前に捨象されているだろう美点をこそ知りたいと思っている。それはもしかしたら、女子校さえやめたいと思っていたほど集団が苦手なわたしの、たいへん一方的なシスターフッドなのかもしれないのだった。

 

(※1) ミソジニー……女性嫌悪、女性蔑視。女性や女性らしさに対する嫌悪、蔑視のこと。
(※2) ルッキズム……外見至上主義。外見の美醜によって人を評価したり、差別したりする考え方。

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Written by ひらりさ
ひらりさ

ライター・編集者。平成元年生まれのオタク女子4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。 劇団雌猫としての編著書に、『浪費図鑑』(小学館)、『だから私はメイクする』(柏書房)など。 個人としてもアンソロジー同人誌『女と女』を発行するなど、女性にまつわるさまざまなテーマについて執筆している。

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