【前編】宝塚歌劇団 小柳奈穂子さんインタビュー

【前編】宝塚歌劇団 小柳奈穂子さんインタビュー


放課後は中央沿線文化にどっぷり
サブカル活動に多忙を極めた学生時代

―小柳さんが初めて脚本を書いたのは小学校高学年の学芸会。それは『若草物語』だった。

「作文や読書感想文など“書く”のは子供の頃から好きでした。ただ、小説のように何もないところから自分で物語を生み出したり、字数が多いものを書く自信はなくて。そこで、目をつけたのが脚本だったんです(笑)」

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―そして「小学生の時点で脚本の存在を知っていたのはなぜか? それはもちろん『ガラスの仮面』を読んでいたからですよ」と笑った小柳さん。本だけでなく漫画も大好き。当時から、好奇心の幅は広かった。

「暇さえあれば図書館で本を読み、アニメの放送日で曜日を把握。我が家はファミコンを買ってもらえなかったので、友達の家に遊びに行っては『ドラクエ』に熱中し、これまた買ってもらえない漫画は習い事の教室や近所の児童館を利用して読破。水泳の帰りは本屋に寄り立ち読みをして、そろばんの待合室では『ハイカラさんが通る』、ピアノの先生の家では『ガラスの仮面』を熟読。当時の私の毎日はすごく忙しかったんですよ(笑)」

―知らないことは納得いくまでとことん追求、気になるものがあれば手に取り吸収。
小柳さんの“多忙な毎日”は中高時代も続く。

「その頃になると、演劇の情報を求めてカルチャー雑誌を読むように。クラスメイトがファッション雑誌を読んでいるなか、私は『宝島』や『スタジオヴォイス』を買いに本屋に走る、みたいな(笑)。また、雑誌を開くとそこにはYMOや岡崎京子……演劇以外の様々なカルチャー情報が。舞台はもちろん、本、漫画、音楽、映画……それがさらに私の好奇心を広げていくわけです。

しかも、中高は東京の高円寺にある学校に通っていたので。放課後は中野ブロードウェイへ。まんだらけで漫画を読み、タコシェでミニコミ誌を手に取り、西荻窪で電車を降りて古着屋へ、国分寺ではレトロな喫茶店をめぐったり……それはもう中央沿線文化にどっぷり浸かりながら、サブカルをぐんぐん吸収(笑)。また、当時は深夜テレビが面白い時代だったので、朝の4時くらいまでテレビを見ているから、午前中の授業は大抵寝ているっていう。相変わらず忙しい生活を送っていました(笑)」

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