【前編】宝塚歌劇団 小柳奈穂子さんインタビュー

【前編】宝塚歌劇団 小柳奈穂子さんインタビュー


―当時の小柳少女の悩みといえば「お金が足りないこと」。中高は校則が厳しくアルバイトができなかったため「早く大学生になって、お金を稼いで、思い切り趣味に没頭したい」それが夢でもあったそう(笑)。そんな彼女が宝塚歌劇団に出会ったのは高校生の頃。

「それまでも、文化祭や演劇部に頼まれたり、断続的に脚本は書き続けていたんですけど。その頃、私が好んで見ていた小劇場系の演劇は“座長が演出も脚本も担当する”というスタイルが多くて。カリスマ性もなければ、人をまとめる力もない、この私が劇団を作るというのは無理があるかなと。

でも、音楽やファッションをはじめ、様々なジャンルと関われるという意味でも演劇はやっぱり魅力的で……。そんな時、友達が貸してくれたのが宝塚のビデオだったんです。それが小池修一郎先生演出の『PUCK』だったんです」

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―小劇場系の劇団が難しいなら、大きな劇団に所属するのもひとつの手。しかし、それはそれで窮屈な思いをしてしまいそう。そんな葛藤を抱く小柳さんの目に『PUCK』はとても魅力的に映ったんだそう。

「『PUCK』は松任谷由実さんの曲を使ったりしていて。そこに“自由な空気”を感じたんですよね。さらに、宝塚のきらびやかな世界観も私の目には“レトロでお洒落”に映った。岡崎京子が描くボリスヴィアンやピチカートファイブの野宮真貴さんに近いというか。自分の好きなものや美意識と極端に違うわけじゃない。宝塚歌劇団でなら自分もお役に立てるんじゃないかと。

自分で劇団を作らなくてもいいし、好きなことができそうだし、月給ももらえるだろうし、これは利害関係が一致するんじゃないかと勝手に考えて(笑)。で、学校の帰りに寄った本屋で『PUCK』を取り上げている記事を見つけて。そこに掲載されていた小池先生のプロフィールに“慶應義塾大学卒”の文字を発見。“宝塚を目指すなら慶應だ!”と、その本屋で大学の願書も一緒に買って家に帰ったんです(笑)」

 

<後編に続く>
次回更新は、12月5日(月)です。お楽しみに!

 

【PROFILE】
小柳 奈穂子(こやなぎ・なおこ)
宝塚歌劇団 演出家

東京都出身。1994年4月、宝塚歌劇団入団。2002年宝塚バウホール公演『SLAPSTICK』でデビュー。2013年『Shall we ダンス?』や、2015年『ルパン三世』の舞台化では、多くの観客の支持を得て、そのエンターテインメント性の高い演出で評価を得ている。

宝塚歌劇 オフィシャルサイト
https://kageki.hankyu.co.jp/

小柳奈穂子さん次回作

マサラ・ミュージカル
『オーム・シャンティ・オーム -恋する輪廻-』
©レッド・チリズエンターテイメンツ
©アジア映画社

脚本・演出/小柳 奈穂子

東京国際フォーラム ホールC
2017年1月6日(金)~ 1月18日(水)
2007年にインド国内で大ヒット、その後世界各地で上映され、多くの映画ファンに愛されているインド映画の傑作『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』。監督はボリウッドのトップ舞踊監督ファラー・カーン、主演は“キング・オブ・ボリウッド”ことシャー・ルク・カーン、ヒロインは本映画への出演をきっかけにボリウッドのディーヴァとなったディーピカー・パードゥコーンが務めるなど、まさにボリウッドの粋を極めたこの映画の舞台化に宝塚歌劇団が挑みます。

舞台は1970年代と現代のインド映画界。脇役俳優のオームは人気女優シャンティに恋をするが、彼女は密かに敏腕プロデューサーのムケーシュと結婚、妊娠していた。しかし彼女の存在を疎ましく思い始めたムケーシュが、事故に見せかけてシャンティ殺害を計画。現場に駆け付けたオームは、彼女を助けようと奔走するが、事故に巻き込まれ命を落とす。それから30年後。あの事故の日に生を受け、奇しくもオームと名付けられた男の子が、スター俳優となり映画界に君臨していた──。

時を超えてもなお変わらぬ愛の姿を、明るく楽しく歌い踊って描き出す、最高にハッピーでドラマティックな物語を、星組新トップコンビ紅ゆずると綺咲愛里を中心にお届け致します。  

http://kageki.hankyu.co.jp/revue/2017/omshantiom/

 

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