はじめての「オープンカー」

はじめての「オープンカー」


うちの家族はみんな車好きだ。父親は亡くなる直前に「好きな車に乗れずに何が人生か!!」的なことを言って高っい車を買ってわずかな間だけ乗っていた。

 

甥っ子は4歳で、ランボルギーニのウラカンと、アヴェンタドールを見分けているそうだ。末恐ろしい子!!

 

ぼくは男3人兄弟の末っ子で、真ん中の兄は帰省する度に違う車に乗って帰ってきた。帰省中何を調べているのかとパソコンを覗き込むとヤフオクでパーツの検索……。

 

その兄が結婚式を挙げたのは、もう20年近くも前になるけどその時ロードスターという2人乗りのオープンカーが結婚式に華を添えていた。

 

当時は「なんで2人乗りやねん」とか「実用性www」とかバカにしていたものだが、血は争えない。なんと今ぼくはその兄が乗っていた車、ロードスターに夢中なのだ。

 

初代ロードスター(通称NAロードスター)が発売されたのは、平成が始まった年、1989年。もう30年近くも前の車ということになる。コンセプトは「人馬一体」。小型軽量、後輪駆動のFR、50:50の前後重量配分、低ヨー慣性モーメント。童貞のように知識だけは膨らんでいく……一度は乗ってみなければなるまい。

 

 

古い車なので、レンタカーではほぼ借りられない。しかし幸いなことに、今はいいカーシェアリングのサービスがある。ぼくが使ったのは「anyca(エニカ)」というサービス。個人のオーナーさんからアプリを通じてLINEのようにやり取りし日時を調整し、直接車を借りることのできるサービスだ。値段もレンタカーなどに比べて安いし、おもしろい車がたくさんある。もちろん保険もついているので安心だ。

 

 

ということで、東京に行ったときに憧れのロードスターをお借りできることに。待ち合わせ場所で立っているとと見間違えようのないネオグリーンのロードスターVスペシャルが爆音を響かせながら、交差点に侵入してくる。

 

「うわぁあああ、かっこいい~」

 

佐々木「来ましたね、リトラクタブル・ヘッドライト(格納式のヘッドライト)。この形式は、現代の車では採用されなくなってしまったんです。その理由は……」(早口で以下1万字続く)

 

 

ミニマリストを志していたとき「かっこいい」という概念も手放したいと思っていた。モノを手放し、ステータスのような消費をしなくなると、人の目線が気にならなくなるとぼくは思う。そしてせっかくモノを手放したのに、厳選された素敵な持ち物に囲まれた自分にうっとりしていては、本末転倒だと思うのだ。「かっこいい」という考え方自体を手放さなければ、自意識の問題は残り続けるのではないのか?

 

しかし……自分が見てただかっこいいと思うから選ぶ。誰かが見てかっこいいと思ってもらいたいから選ぶ。その区別は曖昧で境がない。「かっこいい」という概念はやはり手放せないものなのか……。

 

車の購入を考えている場合、その車を普段から乗っているオーナーさんから直接メリット・デメリットなどの話を聞けるということがこのサービスの良いところだ。中古車や、レンタカーではこうはいかない。そして試乗コースだけではない場所に、自由に行ってその車を試せる。

 

幌の開閉方法なども丁寧に教えてもらう。

しかしこの車。すごく……かっこいいです。

 

多少内装のカスタムはされているが、このタン色はオリジナルのもの。美しい……。

 

いざドライブへ。この初代ロードスター通称NAロードスターの魅力はかっこよさもあるが、なんといっても運転して楽しいところにあるのだ。

 

人様の車だし、ショートストロークのマニュアル操作に最初は手こずりながらも、街中を駆け抜け、相模湖へ向かう。くねくねしたワインディングを楽しもうという魂胆だ。

 

ロードスターの操作にも慣れてきたところで、少しずつスピードを上げながらカーブをクリアしていく。FR、そして運転している自分がちょうど回転の中心になるように設計されているというこの車のハンドリングはキレッキレ。

 

もうね……クルックルッなんですわ。

ヒラリヒラリとカーブをいなすように曲がっていく。

普段乗っている軽自動車ではありえない曲がり方に思わず口元がほころぶ。

 

 

この車は、ABSさえついていない。

でもこの車だったら、カーブですべって事故に合うこともなかったかもね!

 

 

マフラーが交換されているので、排気音は大きい。

爆音で走っている車を見て

「はいはい“ぼくはここにいるよぉ!”という、自己アピールですね。お疲れ様」

などと思っていたが、「確かに音大きいの、盛り上がるな……」とひとりごちるぼく。

重心が低く道路が近いと、メーター以上のスピードが出ているのを感じる。

たかだが40kmぐらいで、音も高鳴っていくのが楽しい。

公道では、これ以上はいらないのではないか? これ以下でもこれ以上でもなく。ミニマリズム!!

 

 

足回りは硬めで、乗り心地は別によいものではない。

古い車だから、段差を乗り越えるたびにミシミシという音がする。

 

でもね、ぼくは車に静粛性や乗り心地なんて全く求めてない。そんな状態がいいなら、耳栓でもしてベッドでおねんねしてなよぉ!!

 

ぼくが欲しいのは情報なのだ。道路の感触、環境音、そんなすべてを感じながら走りたい。乗っていて、背中の筋肉が動かない馬がいるか? 走りながら、ひづめの音がしない馬がいるのか?(以下2万字続く)

 

 

調子に乗って高速道路へも繰り出す。車高が低く、空気抵抗も小さいのでまあ安定すること……。

 

ひとしきり、1人で運転を楽しんだ後、一緒にブログをやっている沼畑さんと合流。沼畑さんもぼくと同じで車にはまったく興味のない人だったが、40歳ぐらいを境に車に目覚めた。今は2人で会っても車の話しかしない……。

 

 

沼畑さんも「むちゃくちゃかっこいいじゃん……」と、目をキラキラ輝かせている。

とりあえず、近くのくら寿司でお腹を満たしてから、ドライブへ出かけることに。

 

しかし、何度見てもえげつないほどのかっこよさ!!

もうやめてぇ、ここはくら寿司の駐車場よぉ!!

 

沼畑さんも英国紳士みたいになっとるし!!

 

まったくなんて車だ。もう限界だ。エクスタシーを感じすぎた女性のように、息が上がり、ビクンビクンとなっているぼく。

 

しかしね、この車のよさはオープンカーというところなんですよ。まだその楽しみが味わっていないんですよ! その日は気温35度はあろうかという東京。まあ普通はこういう日は幌は開けません。でも借りているのは今日しかない。じゃあ開けちゃうよね!

 

 

視界を遮るものがなにもない。

風を感じる。

交差点で停まったときに、空を見上げることができる。

ただそれだけでこんなにも楽しいなんて。

 

ちなみに、駐車などバックはアホほどやりやすいです。丸見えなので。

 

 

村上春樹さんも車は長年2台体制だそう。1人で乗るときは、2シーターのオープンカー、そして誰かを乗せたり、荷物を運ぶにSUVか、ワゴンをもう1台と。さすがわかってるね! そしてその2台持ち、ずるいね!!

 

東京の並木道を探しながら、男2人でドライブ。木陰に入ると、この熱さでオープンにしていても大丈夫。そして並木道を走るロードスターなんと美しいことよ……。

 

写真や動画を見返すと、基本口元ゆるんで、にやにやしとる……。

 

すっかり満足し、無事に事故もなくオーナーさんへお返しすることができた。乗り終わった後、またオーナーさんと会話するのが楽しい。

 

 

自分の軽自動車に再び乗り込んだ時、さぞかしがっかりするだろうと思っていた。しかし、そうではなかった。オープンカーではないが視界は広いし、これもぼくの好きなマニュアルの車で、手に馴染んでいる。どうやら運転そのものの喜びをロードスターが教えてくれたようだった。

 

人は移動すること自体を好む。移動せずには、人は生きていられなかった。目の前にある景色が後ろに流れていく。そのこと自体が本能的な喜びをもたらすのだ。

 

目の色を変えて「車、車、車!!」と言っている人(うちの兄とか兄とか父とか)を白い目で見ていたが、今はその気持ちがわかりすぎるほどわかる。父は丸目のゴルフという車に乗っていたのだが、今となってはナイスセンスだよぉ〜、ごめんよぉ。

 

 

車は維持費のかかるものの代表格だし、ぼくも若い頃にハマらなくてよかったと思っている。いい車に乗るために、働き詰めでは本末転倒だ。ガソリンという限られた資源を使って移動するのだから、そういうことも忘れないようにしたい。

 

あれよねぇ。本当は、エコだし馬がいいのかもねぇ。西部劇とかであるじゃん、野生の馬を捕まえにいくみたいなの。いい時代だったよねぇ。馬は全部オープンカーだしね!

 

 

すっかりオープンカーにハマり、間をおかず軽自動車のオープンカー、コペンも借りる。

こいつがまたもうね、街中が全部ゴーカート場になるんですよ!(以下3万字続く)


Written by sasaki fumio

作家/編集者/ミニマリスト 1979年生まれ。香川県出身。出版社3社を経てフリーに。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに、『Minimal&Ism』を開設。初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(小社刊)は、国内16万部突破、22ヶ国語に翻訳される。新刊「ぼくたちは習慣で、できている。」が発売中。

»http://minimalism.jp/

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