
第1話 鬼ヶ島再襲撃
キジは念を押した。6年前に初めて鬼ヶ島に行ったとき、桃太郎はメインカメラマンとレポーターとディレクターを兼ねていた。サルの和幸はサブカメラと照明、イヌの智子は音声担当、そしてキジの恭一はADだった。
このときも、鬼ヶ島で悪い鬼たちを成敗して、その映像をテレビ局に売ろうと提案したのは桃太郎だった。彼の肩書は正義のジャーナリスト。仕事はテレビ・ディレクターだったが、ドキュメンタリー映画を撮ったりノンフィクションを書いたりもしていた。要するに山師みたいなものだ、とキジは内心思っている。
そもそも鬼ヶ島に暮らしていた鬼たちは、何も悪いことはしていない。
確かにかつて都会に住んでいたころ、鬼たちは人間にいろいろ悪さをして、反社会的存在とされていた。でもそれは一昔前だ。一寸法師や金太郎(坂田金時)、渡辺綱など多くの武将や英雄たちに退治されるたび、自分たちの生きかたはこれでよいのかと鬼たちは悩み、沖合にあった無人島に一族郎党を引き連れて移住し、細々と自給自足の生活を送り始めた。それから何十年も過ぎている。
でも桃太郎は鬼たちに目をつけた。あいつらが本当に改心などするはずがないとの理屈だった。危機は絶対に消えない。ならば元を断つしかない。これは正義の闘いだ。大丈夫。社会は絶対に俺たちに味方する。
こうして桃太郎をリーダーとしたチームは鬼ヶ島に乗り込んだ。その顛末を描写した『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』(集英社新書)から、以下に一部を引用する。
さて海辺では鬼の子供たちが、モリやヤスを手に魚を獲っていました。資源の少ない鬼ヶ島では、子供たちがとる魚も貴重な動物性たんぱく源です。船から降りた桃太郎は、サルがサブのカメラのスイッチを入れたことを横目で確認してから、メインカメラを担いでマイクを掴み、子供たちに向かって走り出しました。これこそ彼の得意技、一人実況レポートです。
「ご覧ください。たった今、島に上陸した我々の目の前で、鬼の子供たちが魚を虐待しています。ああ、突き刺した。これはひどい。虐殺です。魚に何の罪があるのでしょうか。やはり鬼は鬼なのでしょうか。羊の皮を被りながら、こうして島では非人道的な行為を繰り返してきたのです」
驚いたのは子供たちです。何しろマイクを持った肥満体の侍が、獰猛そうな獣たちを引き連れて凄い形相で走ってくるのです。ビデオカメラのレンズは、遠目には銃口のように見えることもあって、子供たちは軽いパニックに陥りました。獲ったばかりの魚や貝をその場に放り出して、怯えてその場から一目散に逃げ出します。桃太郎はマイクを掴んだまま全力疾走です。
「なぜ、逃げる、のでしょうか。疚しいことが、あるからとしか、考えられ、ません。卑劣、です。絶対に、許せ…ません!」
息継ぎが多いのは、最近急激に太ったこともあって、息がすでにあがっていたからだ。サブカメラや他の機材を担いだサルとイヌとキジが、桃太郎を追い越した。
「私はもう、これ以上は、走れ、ません。現場からのレポートは、これが最後に、なるかもしれません、でも、……お天道様は許しても、正義のジャーナリストだけは、ごまかせねえ。今すぐ成敗を、受けやがれえええ」
息も絶え絶えに叫んだ桃太郎は、砂の中に倒れ込みました。メインカメラは砂の中。少ししてからちらりと顔を上げると、サブカメラを持ったサルの姿が遠くに見えます。なぜオレを撮らないんだバカヤロウ。そう思いながらも、とりあえず桃太郎はバッグからポカリスエットを取り出しました。鬼の子供たちの顔には、放送時にはモザイクがかけられるでしょう。鬼といえども、最近は人権問題がうるさいからです。でも本当はモザイクがかかっていたほうが、怯えて泣きじゃくる顔を隠せるので好都合なのです。
子供の泣き声に親が出てきました。突進してくるサルとイヌとキジに一瞬たじろいだけれど、追われているのは自分の子供たちなのです。当然ながらあわてて向かっていきます。
「やったぞ。これは凄い画だ!」
再び手にしたメインカメラのファインダーに片目を当てながら、桃太郎は嬉しそうに叫びます。牙を口の端からのぞかせた鬼たちが怒りの形相で突進してくるその映像は、確かに大迫力です。イヌとサルとキジは、さすがにたじろいだのか、その場に立ちつくしました。そのとき、サイレンの音があたりに響きます。ぬかりのない桃太郎は、鬼たちの反撃を想定して、ちゃんと沿岸警備隊に連絡しておいたのです。
こうして鬼ヶ島の鬼たちは一網打尽に検挙されました。警備隊に逆らった何匹かの鬼たちは、こっそりと激しい暴行を受けたようです。船にいっぱいの金銀財宝を載せて、桃太郎たちは意気揚々と帰途につきました。要するに略奪です。