【INTERVIEW】映画『夏、至るころ』で主人公を演じた倉悠貴。初映画出演、初主演という今作で倉が感じた新たな“気づき”とは。
女優・池田エライザが初監督を務めた映画『夏、至るころ』で主人公・翔を演じる倉悠貴。彼にとってこの作品は映画初出演にして初主演作である。福岡県田川市を舞台に描き出される少年たちの夏の日々。一つひとつのシーンを丁寧に映し出す池田エライザの作品世界で倉は主人公と同じように葛藤を抱えながら、ただ立ち続けていただけだと話す。彼を支えていたのは何だったのか。そして、この作品を通して得たものは何だったのか。
撮影/浦田大作 スタイリスト/伊藤省吾 ヘアメイク/ノブキヨ 文/あらいかわこうじ
——BOOKOUT初登場なので、まず役者になったきっかけから聞きたいと思います。
「実は、役者になりたいと思ってなくて。きっかけといえば、学生時代、大阪の古着屋でバイトしてた際に雑誌に載せてもらって。その雑誌を見た、今のマネージャーさんに声をかけてもらいました。ただ、その時は全く興味もなく、人前に出るのも嫌だったのでお断りさせていただきました(笑)」
——気持ちが変わったタイミングはどこだったんですか?
「“一度東京に来てみませんか?”と言われたんですよ。交通費を出してもらって、東京に行けるのはラッキーじゃないですか! でも行ってみたら、宣材写真を撮ることになって……」
——撮られてしまいましたか。
「(笑)。“じゃあ、次はこの日に”と。やっぱり交通費なしで東京に行けるのはいいなと思っていたら、今度は映画のオーディションに行くことになって。何もわからないまま会場に行きましたけど、オーディションで喋るセリフさえも憶えていないのでボロボロでした。それが悔しかったんです。負けた気がして腹が立ったというか…でも本当はそれだけじゃなくて、オーディションの時、周りにいた同世代の姿に衝撃を受けたというか。みんな役を獲るために一生懸命だったんですよね。そんなに必死になれることなら面白いかもしれないなと。最初は大阪と東京を行き来しながら、探り探り役者を始めてみました。辛いなあと思いながら」
——デビューして約2年。その辛い気持ちに変化はありますか?
「いや、ずっと辛いです(笑)。カットがかかった瞬間、過呼吸になるぐらいのしんどい撮影もありますし、自分が映像として面白くなると思うシーンでそこまで辿り着けない時は悔しい。最初の頃と気持ちは変わってないです」
——その気持ちはどうやって解消しているんですか?
「自分を忘れてしまわないように、拠りどころをちゃんと作っています。友達だったり、自分の好きなことだったり、そういうものでリフレッシュしています」
——『夏、至るころ』の撮影でも、その辛さはあったんですか?
「もちろんありました。例えば、撮影の2週間前からずっとやっていた太鼓の練習とか。体力的にしんどくて。初めての映画で初主演のプレッシャーや不安もありました。“そんなことがあるのか?”と。恵まれているのはわかっていたんですけど」
——最初に台本を読んだ時はどう思いましたか?
「“幸せって、何?”が凄く問いかけられていると思いました。だから “自分の幸せって何だろう?”と深く考えたんですけど、わからなかったです。ただ、それって僕が演じた翔と同じ気持ちじゃないですか。そういう共感出来る部分が翔という役柄にはいくつかありましたね」
——撮影前、監督の池田エライザさんと翔のことを話し合いましたか?
「原案の着想になった話とか、色んなことを伺いながらディスカッションしました。監督は “やりたいことって何だろう?”“自分にとっての幸せって何だろう?”という事を凄く考えていると仰っていて。その全てを理解することはできないけど、僕が出来ることは翔という立場で撮影に全力で挑むことだけだと」
——作品の中では、あまり変化のない翔の表情が印象的でした。
「でも、高校3年生の翔には色んな表情があると思うんです。同時に、どこか閉ざしている部分もある。そういう少年っぽさというか、ちょっと危うい部分も考えていましたけど、あえてそれを芝居で出そうとしたらよくわからなくなると思ったんですよね」
——ただ、プールのシーンでは控えめな翔が押しの強さを見せますよね?
「あれは少年らしい衝動だと思います。演じながら、この気持ちはわかるなと思いました。僕の17、18歳の頃を思い返したら、翔とそんなに変わらないんですよ。だから、“今、翔はどう思っているのか” “これから翔はどうしていくのか”というのは考えなくなりました。それぞれのシーンを丁寧に考えていた監督についていく。そうやってつくったのが、翔のあまり変わらない表情です。ただ、根本的な役作りの核は、泰我役の石内呂依君や都役のさいとうなりさんと会話したり、太鼓の練習をしている頃からずっと生活していた田川の町に触れていくことで掴んでいったものがあったような気がします」
——その核というのは?
「はっきり言語化は出来ないんですけど…。ただ、翔自身は核がしっかりしているかといえば、そうでもなくて。色んな人に影響を受けて、どんどん変化していく人間です。そう考えると、僕はずっと田川の町にいるだけで、リリー(・フランキー)さんが演じたじっちゃんや高良(健吾)さんの小林先生、色んな人たちに支えてもらったんだなと思います」
——そんなリリーさんや高良さんとの共演シーンは、安心感が漂っていましたね。
「そうだと思います。リリーさんと縁側で喋るシーンとか、余計なことは何も考えなかったです(笑)。本当に、ただ座っているだけでシーンが成立してしまうというか。映像を観てわかったんですけど、僕、猫背になっているんですよ。背中を丸くして演じているというのは、翔としても僕としても凄くリラックスしていたんだなと思いました。高良さんとの共演は翔が精神的に落ちているシーンだったので、本当に先生のような感じで接してくれました。芝居をしていない時もずっと話して、向き合ってくれたというか。お二人のお陰で本当に楽な気持ちで演じられたと思います」
——ちなみに、この作品の特徴として方言もありますが、憶えるのは大変でしたか?
「大変でした。太鼓の練習もしながらだったので。頂いた音源を日常的に聞いていたんですけど、田川の人たちと会話をしているうちに、“あ、このセリフってこういう言い方があるんだ”というのがどんどん出てきたんですよ。太鼓を真剣にやっている人だから出てくる言葉もありました。“太鼓は『叩く』じゃなくて、『打つ』んだよ”とか。そういう台本にはない言い方が出てくる度に、これが地元の人たちと作り上げていく感覚なんだなと。ある意味、それは凄くリアルで面白いと思いました」
——作品としては、オープニングで翔と泰我が語り合う方言が強烈でした。
「意味がわからないかもしれないですね。でも、あのシーンの会話は、特に意味はないんです(笑)。だから、何を喋っているのかわからないぐらいがちょうどいいのかなと」
——撮影は長回しも多かったそうですが。
「商店街のシーンは、ほとんど長回しです。監督は、長回しをしないシーンでもなかなかカットをかけずに見ている方でした。何を期待していたのかはわからないですけど(笑)。ただ、最初から最後までちゃんと見ているので、お芝居に向き合ってくれていると撮影中は感じていました」
——順撮りだったんですか?
「じっちゃんのインコを持ってペットショップに行くのがクランクインだったので、順撮りではなかったです。でも、後半に祭りの太鼓のシーンやエンディングの撮影があったので気持ちは作りやすかったと思います。多分、物語に沿うように計算された撮影だったんだと思います」
——何度も撮り直したシーンはありますか?
「泰我が怒るシーンで、“そんな怒り方だったら、僕は感情的になれない”と思ってしまったんです。それを監督に話したら、石内君を煽り始めて(笑)。“それぐらいでいいのかって耳元で言って”とか。でも、煽ったおかげで、最後は鬼のような表情になって怒ってました。作品ではその後だと思いますけど、かき揚げ丼を食べるシーンも時間がかかりました」
——時間がかかった理由は?
「僕自身がどうしていいのかわからなくなったんです。その撮影前に、監督とご飯を食べる機会があって、“このシーンは私の中でも思い入れがあって、本当は泣きながら、鼻水を垂らしながらかき揚げ丼を食ってもいいぐらいなんだよ”と。しかも、軽い感じでそう言ったんです。それが僕の中に凄く残りました。監督の言う通り、翔の感情はそうなるかもと思ったんですよね。でも、撮影に入ったら全然出来なくて。恥ずかしい話です」
——その感情はどうやって引っ張り出したんですか?
「翔の感情を説明してもらったら、どんどん涙が出てきました。大切な人とケンカした後に家族の温かさを感じる。何も言わずに翔を見守るお母さんの杉野希妃さんやじっちゃん。翔がいつも食べているであろうあったかい食事。意味のわからないドイツ語。泰我との会話。そういうものや空間、音の全てが見えてきたら、どんどん涙が流れていました。その瞬間のことはあまり憶えていないんですけど、凄く面白い経験をしたと思います。撮影が終わった後、監督も泣いていて、“そうだよ。それが芝居だよ”と言われました」
——撮影中も監督とよく話していたんですか?
「全然関係ないことも含めて、色んなことを話しました。監督であり、ちょっとだけ年の離れたお姉ちゃんでもあり、本当に信頼出来る人です。そういう意味でも、『夏、至るころ』の現場で芝居が出来たのは良かったなと思います」
——そんな『夏、至るころ』は、自分にとってどんな作品になりましたか?
「初主演映画なのでとても大切な作品になりました。撮影中は翔と同じように色んな葛藤があって、“全然わからない。辛い。しんどい”と思ったこともあったんですけど(笑)、凄くいい経験になりましたし、僕に何かしらの変化を与えてくれた作品なのは間違いないです。多分、その変化に気づくのはこれからなんだろうなと思ってます。それも凄く楽しみです」
●プロフィール
倉悠貴/くら・ゆうき
1999年12月19日生まれ、大阪府出身。2019年、ドラマ『トレース〜科捜研の男〜』で俳優デビュー。『his〜恋するつもりなんてなかった〜』では同性に恋する高校生役を演じて注目を集める。以降、ドラマ『FOLLOWERS(フォロワーズ)』『スイーツ食って何が悪い!』『スポットライト #07 「Don’t Look Back」』『カレーの唄。』に出演。21年には、映画『樹海村』(2月5日予定)、『街の上で』『衝動』の公開を控えている。
●作品紹介
『夏、至るころ』
原案・監督/池田エライザ
脚本/下田悠子
出演/倉悠貴 石内呂依 さいとうなり 安部賢一 杉野希妃 後藤成貴 大塚まさじ 高良健吾 リリー・フランキー 原日出子 ほか
高校最後の夏を迎えた翔(倉悠貴)と泰我(石内呂依)。幼い頃から祭りの太鼓を打ち続けてきた二人だったが、受験勉強に専念するからと泰我が太鼓をやめてしまう。ずっと一緒だと思っていた泰我の姿に「自分はどうしたらいいんだ」と立ち止まってしまう翔。そんな翔を優しく包む家族の存在も焦りを募らせていく。そんな時、翔はギターを持つ不思議な女性・都(さいとうなり)と出会い……。12月4日公開予定。http://www.natsu-itarukoro.jp/