【INTERVIEW】映画『ミュジコフィリア』でバイオリニストを演じた川添野愛。お芝居との向き合い方や、役者を始めた経緯など話を聞いた。
音楽に情熱を捧げ、葛藤しながらも音楽と向き合う若者達の物語を描いた映画『ミュジコフィリア』が11月19日から全国公開される。作曲家として偉大な父(石丸幹二)と、兄・貴志野大成(山崎育三郎)へのコンプレックスから音楽を憎んできた漆原朔(井之脇海)。大成と朔の幼馴染であり、大成の恋人でもある谷崎小夜を演じたのが川添野愛だ。川添は、バイオリニストであり、音楽との向き合い方に悩む小夜を繊細に表現した。谷崎小夜という人物をどのように解釈し撮影に臨んだのか、また役者を始めた経緯なども聞いた。
撮影/友野雄 スタイリスト/岡村春輝 ヘアメイク/奥川哲也 文/浅川美咲
——まずは脚本を読んだ感想を教えて下さい。
音楽の描写がかなり多かったので、読んだだけだと完成図が半分くらいしか想像つきませんでした。だから良くも悪くも本当に音楽次第で出来が左右されてしまうと思い、とてもプレッシャーを感じましたし、バイオリンは難しい楽器だという事は知っていたので、ちょっとこれは大丈夫なんでしょうか…? という不安もありました。
——その不安をどう乗り越えていきましたか?
どれだけ練習したり、事前に出来る準備をしても、不安はきっとあるだろうなと思っていて。だけど今回は、その不安という気持ちを小夜に活用出来たと思っています。小夜はずっと音楽との向き合い方に悩んでいたので。
——小夜は、上手く嚙み合わない朔と大成の幼馴染という立場でしたが、ふたりにとって小夜の存在は凄く大きかったと思います。どうやって役をイメージしていきましたか?
確かに本を読んだ時から小夜は本当に愛情深い人という印象はあったんです。でもなんでこんなに穏やかで静かそうな人が、個性的でエネルギーが強い人達(現代音楽研究会)の中にいるんだろうって考えて。小夜はそれをあまり表に出さないだけで、内側に強い炎を持ってる、静かだけど強い炎をともしている人だなと思いました。そういうことを監督に最初お会いした時に話したら、監督から「まあ、ある種、聖母マリアのようなイメージ」と‥‥凄いパワーワードが出てきたんです(笑)。だけどその優しさの中の強さという意味ではイメージしているものは一緒なのかなと。あとは、京都の穏やかな自然の中で育ったり、たいちゃん(大成)とさくちゃんと一緒に遊んでいる中で、そこから音楽を楽しんでいたり、そういうところから今の小夜があるんだと思います。
——京都での撮影は1カ月ぐらいだったそうですが、広沢池での撮影が最後の撮影場所だったとか。
本当に今回はロケ地が全て素晴らしくて。歴史ある場所にもたくさん行って、そこからもらったパワーをもう自然と素直に出していきました。広沢池の撮影で全編オールアップでしたね。夕景を狙って撮影したのですが、本当に感動的でした。そんなに市街地と離れていないんですけど、ちょっと行ったらあまり人もいなくて、ただ大きな池があって。こういうところで小夜はバイオリンを弾きながら色んなことを考えたり、整理したりしていたんだなと感じながら。
——劇中で使用していたバイオリンは川添さんのお母さんのものだったそうですね。
元々母が子供のころにバイオリンを習っていたんです。その時使っていたバイオリンが凄く古いけどいいものだったみたいで。自主練や撮影中も出来るだけそばにずっと置いておきたかったので、母のバイオリンだったらそれに越した事はないなと思って。監督やスタッフの方々と一緒に、楽器屋さんに行って音色人の方に見て頂いたところ、ちょっと直せば今どきの音大生が弾いているようないいものに見えるからこれでいいと思いますと言って頂けて。思いがけず親孝行になりました(笑)。それからはずーっと触ってましたね。撮影中もそうですし、撮影が終わったら、1時間でも2時間でも出来る時間で先生とリモートでレッスンをやったり。実際にはバイオリンを弾いてはいないのですが、教えて下さった先生が、「ちゃんと形が出来てるって事は音が鳴るっていう事だから」と追及していくタイプのレッスンをやる方で。皆さんに比べたら全然ですけど、もちろん音も出るようになりましたし、結構スパルタに鍛えて頂きました。
——バイオリンの演奏シーンは、何を考えながらお芝居をされていましたか?
ひとりで弾いているシーンとオケの中に混ざって弾いているシーンで全然違います。ひとりの時は、どちらかというと、自分(小夜)と向き合うように、置かれている状況とかを考えながらやっていました。オケの練習のシーンは、マエストロのたいちゃんが求めているものに近づきたいっていう思いをもって演奏しました。周りで演奏されていた方々が、実際に音楽をやっている方達だったのでそこに混ざって、しかもみんなが座りたい席に私が座ってちょっとどうしよう…という感じだったんです。カメリハが終わったぐらいの時に、上のほうでサークルのメンバーがみてくれていたのですが、自分が思っていたより緊張していたみたいで、阿部さんが上からダーッと駆け下りてきて、「小夜どうしたん? 緊張しとるん?」と声をかけて下さって。阿部さんが完全に現場の先頭に立って引っ張ってくれている感じでした。
——山崎育三郎さんとの共演はいかがでしたか?
凄くいい意味で、たいちゃんとだいぶ違う方というか、好奇心旺盛な少年みたいなところもあれば、なにかこう凄く大きいもので包んでくれる、優しさみたいなものも感じました。とっても気さくな方で、恋人という関係性だった事もあると思いますが、初日から積極的にコミュニケ―ションとって下さって助かりました。王子様みたいで…皆様の思っている通りの方だと思います。
——主演の井之脇海さんとお芝居についてお話しする事はありましたか?
海君は静かに熱いタイプだったので、派手な事をする訳ではないのですが、座長としていつも堂々といてくれるんです。それが凄く安心しましたし、たまにどーって寄ってきて、ちょっと止めてでも「今僕こう思ったんですけど、小夜さんはどうでしたか?」ってその瞬間は熱くて。凄く熱くお芝居と向き合ってる方だなと思いました。あとは、京都のロケ地の景色をぼーっと見ながら「こういうところで育ったんだよね…」みたいな話もよくしていました。
——一番印象に残っているシーンは?
全部が印象的といえば印象的でしたけど、裏話も含めて思い出に残っているのは、たいちゃんを探しにいく大文字山のシーンです。車が途中までしか行けなかったので、途中からはスタッフさんも全部機材を背負いながら、みんなで頂上まで登って。でもそれだけ苦労して登ったら京都の町が一望出来て、素晴らしかったし、最初に頂上について、こういうアングルで撮ろうかって打合せされているスタッフさん達の背中越しに撮った写真があるんですけど、もうアベンジャーズみたいにかっこよくて。ほんとにあの日は印象的でしたね。
——ロケーションももちろんですが、心に残るセリフもありました。例えば「人は死ぬが音楽は残る」という大成の言葉は、俳優さんも同じだなと思って。そういう事は考えますか?
もちろん凄く考えます。“表現”って凄く大きい意味で言ったら、人間が何かと関わっている以上、全部“表現”だと思うんです。この仕事ではなくても。でも仕事である限り、人に見せる事の影響や形にしていく責任が伴っている人達は表現を仕事にしてるって言えると思うんですけど…そういう事は常に考えますね。でもあまり私はこの職業に対して向いてると思ってなくて。いつも現場に入る前は寝れないくらいすっごい緊張するし、お芝居している間だけは、そういう責任とか全てを忘れて出来るので、その間は楽しいけど…本当に自分でいいのかなって常に考えます。
——そんな悩みを感じさせないお芝居で。撮影中は、役にのめりこんでいるってことですね。
そうですね。そこに集中するというか。結構意識的に排除するようにしてます。
——改めてどんな方々にこの映画を観て頂きたいですか?
今回のお話を普段の生活におきかえた時に、本当に音楽に限った話だけじゃないなって思って。目の前に起きる派手な事に心を持ってかれがちですけど、ふと周りを見ると本当に色んな素敵なものがたくさんあって、そのお陰で私も含めて、みんな今まで生きてこれたところがあると思うんです。改めてそういう周りの身近な事の縁の素敵さに気づいて、全ての事に対してひとつ優しくなれる、そんな映画だと私は思います。なのでちょっと疲れている人にも観て頂きたいですし、音楽映画とか、現代音楽に馴染みがないとか、マンガ原作だしとか、そういう固定概念に縛られずにふらっと観に来てほしいなと思います。
——今までの川添さんの経歴も教えて頂きたいです。6歳から杉並児童合唱劇団に入団されていたそうですね?
母の知り合いの方の子供が合唱団をやっていて。ミュージカルをやった時のビデオを貸して下さって、お母さんと一緒に観たら、なにこれ! やりたい! ってなったみたいです。
——12年間続けたって凄い事だと思いますが、それは楽しかったから続けられた?
そうですね。中学2、3年生ぐらいまでは、純粋に好きという気持ちだけでやってました。歌う事も、踊る事も、お芝居する事も、ステージに立つ事も、とにかく好きで好きで。でも高校に入って、少し遠くの学校に電車で通うようになってから、わーっと世界が変わったんです。今までは本当にそれだけしかやってこなかったので、広い世界を知って、今までなんて小さなところにいたんだろう…って思ったら、そこからはもうやめたくなってしまって。
——そこがひとつ転機だったんですね。
でも高校3年の秋ぐらいに、友達からタップダンスを続けるためにパフォーマンス表現を大学で勉強すると聞いた時に、あれだけ離れたいと思っていた事に対して、私の道はそれであってるのかな? と思って。それでとにかく直感のままに表現を勉強出来る環境があるところを探して選んだのが多摩美術大学だったんです。そこで青山真治監督に出会い、お芝居の道に誘って頂きましたが、好きだけど、仕事になるとは本当に思ってなくて…。でもチャンスを頂いたので出来る範囲でお仕事をやらせて頂いて、それが2年ぐらい経った時に、突然“もう逃げられない運命なんだ”って降ってきた感じがしたんです。それでマネージャーさんに連絡をして、私これ(俳優業)やります! って言って今があります。
——今振り返るとその決断はよかったと思いますか?
過去に辿ってきた事がひとつでも違ったら今の私じゃない訳で。そういう意味ではよかったと思うようにしてます。全部あるべくしてあった事だったんだなと。辛かった事や大変だった事とかも含めて、あの時経験しておくべき事だったんだ、だから今こういう風に思えたり、責任をもって今の仕事をやろうって思える自分でいれるんじゃないかなと思うので、ひとつも後悔はないですね。
衣裳協力:トップス¥19,800(ミューラル03-3463-5663)、キャミワンピース¥31,900、スカート¥41,800、レギンス¥29,700(マラミュート/ブランドニュース 03-8797-3673)
●プロフィール
川添野愛/かわぞえ・のあ
1995年2月5日生まれ、東京都出身。幼少期より杉並児童合唱団に12年間在籍。2015年多摩美術大学在学中に、WOWOW『贖罪の奏鳴曲』で女優デビュー。主な出演作に、映画『パパはわるものチャンピオン』『パーフェクトワールド 君といる奇跡』、ドラマ『恋愛時代』『パフェちっく!』『限界団地』、舞台『セールスマンの死』『春のめざめ』『タイトル、拒絶』などがある。19年より始動した東京芸術劇場芸術監督の野田秀樹氏が次世代演劇人を育成するプロジェクト「東京演劇道場」に参加。現在は第一生命保険「幸せの道~行ってきます」篇 と丸源ラーメン「感動肉そば!」篇のCMに出演中。
●作品紹介
©2021 musicophilia film partners ©さそうあきら/双葉社
『ミュジコフィリア』
原作/さそうあきら「ミュジコフィリア」(双葉社刊)
監督/谷口正晃
脚本・プロデューサー/大野裕之
出演/井之脇海 松本穂香 川添野愛 阿部進之介 石丸幹二 辰巳琢郎 濱田マリ 神野三鈴 山崎育三郎 ほか
京都の芸術大学に入学した漆原朔(井之脇海)はひょんなことから「現代音楽研究会」に入ることに。そこにはひそかに思いを寄せていた幼馴染でバイオリニストの川添野愛(谷崎小夜)の姿も。しかし、この研究会を作ったのは異母兄であり、朔が音楽を憎んだ原因のひとつである貴志野大成(山崎育三郎)だった。研究会での活動や、ピアノ科の浪花凪(松本穂香)との出会いにより、朔の秘めた才能が開花し始めるのだが…。
11月12日から京都先行上映。19日から全国公開。
https://musicophilia-film.com/