目が見えなくなる……? 壮絶な人生を歩む女性に学ぶ、「今を生きる」コツ


コロナ禍の今、行きたいところに行けず、会いたい人に会えず、テレビから流れてくるニュースに、「この不安はどこまで続くのか?」と、暗澹たる気持ちになっている人は多いことでしょう。なかには、先の見えない絶望から、どこかヤケになっている人もいるかもしれません――。

では、もし、あなたの耳が聴こえないとしたら、そして、近いうちに目も見えなくなるとしたら……? やはり、先の見えない絶望から、自身の残酷な運命を呪い、ヤケになって日々を過ごすのでしょうか……。

ここでは、生まれつき耳が聴こえず、病で視覚さえも失いつつありながら、前を向いて「今」を生きる、韓国在住のイラストレーター・ク作家(ク・キョンソン)さんをご紹介したいと思います。彼女の著書『それでも、素敵な一日』は、2015年に韓国で発売されるやいなや、販売部数13万部を超えるベストセラーに。そんな『それでも、素敵な一日』と、最新作『そこに行けばいいことがあるはず』から、私たちがコロナ禍の「今」だからこそ意識しておきたいこと、心に留めておきたいことを、たっぷりとご紹介していきます。

(イラスト:ク作家)

近い将来、目が見えなくなるとしたら?

2歳のときに熱病で聴覚を失い、“聞こえない”自分のかわりに生み出したウサギのキャラクター「ベニー」を通じてたくさんの人に希望を与えてきた、ク作家さん。ところが、そんな彼女に、ふたたび残酷な運命が――。なんと「網膜色素変性症(アッシャー症候群)」という病に罹っていることが判明し、イラストレーターとしてもっとも大切な「視力」を失う可能性が出てきたのです。

もちろん、病に罹っていることが判明した後、彼女も「耳ははなから聞こえず、目もそのうちみえなくなり……暗黒の中でわたしはもしかしたら、一生母に面倒を見てもらって生きていくのかも」と、自分の残酷な運命を思い、泣きはらしたと言います。しかし、一晩泣きはらした目で起きた彼女が、窓の外に見たものは、なんと初雪! その美しさに心を打たれた彼女は、これまで一度もちゃんと“初雪を見たことがなかった”ことに気づいたのだそう。なぜなら、「今までなにかを見るということは、ただ当たり前のことだったから」……!

そんな体験を通じて、彼女は「そうだ、今日から自分のために……これからの時間は幸せに生きてみよう。後悔のないよう……。目が見えなくなっても未練が残らないように生きよう」と、自身の運命を受け入れて、今を生きること、そして、後悔しないように生きることを誓ったのです。

――これって、私たちの「今」にも大いに通じる考え方なのではないでしょうか? そう、「コロナじゃなかったら、◯◯ができたのに……」「こんな世の中じゃなかったら、もっと違った人生だったはず」などと自身の運命を嘆くのではなく、現実を受け入れた上で「今できること」「一見、当たり前にできていることの有り難さ」に目を向け、後で後悔しないように生きる。今、私たちに出来ることは、病を受け入れたク作家さんと、まさに同じなのかもしれませんね。


(イラスト:ク作家)

「私に、絶望している暇はない」!

そこで、ク作家さんはこう考えました。「物心ついたときから耳が聞こえなくても、近い将来、目が見えなくなる病気に罹っていることがわかっても、私に、絶望している暇はない」と!

そして、「網膜色素変性症」の診断を受けてすでに7年という月日が経過し、「これ以上視野が狭くなると、一人で出掛けることも難しくなる」状態に陥った彼女は、「一人で思い切り歩きまわれるうちに、目が見えるうちに、たくさんのものを見よう」と、国内外さまざまな場所へ旅に出ることにしたのです。

タイ、モンゴル、ハワイ、フィンランド、フランス、ロシア、日本……。旅先で、ときには期待して行った場所がつまらなかったり、意外な場所で癒しや親切に出会ったりと、
旅を通じて新しい「人生」に出会います。視覚障害者に優しく、温かい笑みをたたえて両手の親指を立ててみせてくれたパリの人々、スマホのメモ帳を使って「30分後にパレードがある」と教えてくれたハワイのおばあさん、韓国からわざわざ来たことを子どものように抱きしめて喜んでくれたフィンランドのサンタクロース、タイでヘルメットをかぶせてくれた、バイクタクシーのツンデレ運転手、そして、一人旅のパリで毎日電話でおしゃべりをしてくれた身近な友人で――のちの夫!

聴覚はもちろん、視覚さえ失いかけた状態での一人旅……なんて勇気ある行動力なのでしょう。しかし、これは「私に、絶望している暇はない」と覚悟を決めた彼女だからこそ、手に入れることのできた経験なんです。もしかすると、普通に耳が聴こえ、目が見える人でも、これほど豊かな経験(宝物)を手に入れることは難しいかもしれませんね。

ここで、みなさんに提案です。「◯◯だから、できない」「もっと、△△なら……」。その口グセ、そろそろやめてみませんか――?

(イラスト:ク作家)

失明寸前になっても……

「睡蓮」で有名な画家、クロード・モネ。彼は白内障で失明寸前になっても、太陽の光を描くために、池で長いこと観察していたことをご存知でしょうか? あの名画は、実はそんな背景を持つ作品なのです。

ということで、モネの家を見たあと、パリのオランジェリー美術館に向かった、ク作家さん。まさに、モネの家で見てきた、きれいな睡蓮が咲いた池が、目の前に! それは、言葉では表現できないほど幻想的だったそう。

モネの激しい情熱や、絵に対するひたむきさに「自分はそんな風にできるだろうか」と自身に問いかける彼女でしたが、もう、私たちにはわかりますね。視力を失いかけても新しい風景を追い求めてフランスまで訪れた彼女には、モネと同じくらいのひたむきさ、情熱にあふれているということを! 

卑屈になったり、ため息ばかりついて日々を過ごしていると、たとえ、こんなに美しい景色(絵画)を前にしても、得るものは少ないはず……。どんな状況にあっても、いつでも彼女のように“心の目”を見開いて、多くを感じ取っていたいものです。

(イラスト:ク作家)

もちろん、コロナ禍の今、ク作家さんのように世界中を旅することは難しいでしょう。でも、彼女がそう考えたように、私たちに「絶望している暇はない」のです。ただ怯えて毎日を暮らすのか、ヤケになって過ごすのか、それとも、自身の運命を受け入れて「今を生きる」こと、そして、後悔しないように生きることを選ぶのか――。

彼女は、私たちにこんなメッセージを贈ります。

「これからも、わたしはまだまだ行きますよ! みなさんとともに一歩を踏み出せるなら、とても嬉しいです。それでは、わたしと一緒に飛び立ってみましょうか?」

そこに行けばいいことがあるはず
著:ク作家/訳:生田美保

ク作家(ク・キョンソン)
韓国在住のイラストレーター。2歳のときに熱病を患って以来、聴覚を失う。聞こえない自分の代わりに大きな耳でいろいろ聞いてほしいという思いを込めて作ったうさぎのキャラクター「ベニー」を通してたくさんの人に希望を与えてきたが、視力まで失う病気にかかっていることが判明。それでも、まだ温かい手が残っており、やりたいことがたくさんあるから、これからも自分は幸せだと、毎日たくましく生きている。邦訳された著書に『それでも、素敵な一日』(小社)がある。
Instagram @hallogugu

訳 生田美保
1977年、栃木県生まれ。東京女子大学現代文化学部、韓国放送通信大学国語国文学科卒。2003年より韓国在住。訳書に『それでも、素敵な一日』(小社)、『怠けてるのではなく、充電中です。』(CCCメディアハウス)、『中央駅』(彩流社)、『いろのかけらのしま』(ポプラ社)、『野良猫姫』(クオン)などがある。