第14話 御伽草子イザナギ

第14話 御伽草子イザナギ


 最初に現れたアメノミナカヌシノカミ(天之御中主神)に続き、タカミムスビノカミ(高御産巣日神)とカミムスビノカミ(神産巣日神)も誕生した。こうして三柱の神がそろい、その後もウマシアシカビヒコジノカミ(宇摩志阿斯訶備比古遅神)やアメノトコタチ(天之常立神)など多くの神が現れ、最後にイザナギ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)が誕生した。

 先に生まれた神たち(天津神)はイザナギとイザナミに、下界の海にふわふわと泡のように漂う国を完成させろと命じる。神々から授かった矛を手にしたイザナギとイザナミは、海に矛を入れてかき回してから引き上げた。矛の先から滴り落ちた海水が島になった。オノゴロ(淤能碁呂)島だ。

 島に降りた二人は、大きな柱(天の御柱)を立てて、次に邸宅(八尋殿)を作り、そこで生活する。いわば「ぽつんと一軒家」と「アイ・アム・冒険少年」の真正オリジナル古代版。

 やがてイザナギがイザナミに訊ねる。

「あなたの身体はどのようになっていますか?」
「……どういう意味ですか」
「いや、意味というか」
「その質問は完全にハラスメントです。まあ他に誰もいないし、今回だけは見逃します。私の身体は、すっかり美しく出来上がっていますが、一カ所だけ欠けているところがあります」

 そう答えられて、イザナギはすっかり嬉しくなった。

「私の身体もよく出来上がっていますが、一カ所だけ余っているところがあります」

 得意げに言うイザナギの顔をしばらく見つめてから、イザナミは静かに首をひねる。

「うーん」
「な、な、なんだよ」とイザナギは言った。おどおどしている。わかりやすい男だわと思いながらイザナミは、「ぎりぎりねえ」とつぶやいた。

「だ、だって、先に言ったのは僕じゃない」
「まあそうだけど」

「提案します」とイザナギは言った。このままでは話が進まない。「私のからだの余ったところを、あなたの身体の欠けたところに入れてもいいですか」
「……ねえ、それで婉曲に言っているつもりなのかしら」
「だってさあ」
「これほどストレートな口説き文句は初めて聞きました」
「……君には僕以外に付き合っていた人が過去にいたのか。それこそ初めて聞いた」
「何のため」
「はい?」
「何のために余ったところを欠けた所に入れるの?」
「国を生むためだよ」
「それで国ができるの?」
「神々からはそう聞いた」

 腕組みをしてイザナミはしばらく沈黙した。その顔を見つめながら、自分は少し急ぎすぎたのだろうかとイザナギは考えた。そういえば先輩の神であるオオトノヂ(意富斗能地神)からも、女性を敬う気持ちが何よりも大切だからな、とオノゴロ島に降りてくる前に耳打ちされていた。敬うってなんだ。敬語を使えばいいのか。それともレディースのポーチとかヴィトンのバッグをプレゼントしておくべきだったのか。

 しばらく考えてから、「いいわ」とイザナミは言った。

「いいの?」と思わず言ってから、「ですか?」とイザナギは付け足した。

「だってこのままじゃ話が進まないよね。まあいろいろ言いたいけれど、基本的には了解。寝室に行く?」
「その前に儀式があります」
「何よ」
「この天の御柱を互いに反対方向に半周だけ回って出会い、そこで言葉を交わすのです」
「それも神々からの指示?」
「そうです」
「ねえ、その表面的な敬語はやめてちょうだい。バカみたい」
「そうですか」
「やめろ!」
「わかった」
「じゃあ回るわよ」
「僕は右から回る」
「私は左ね」

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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