第13話 不思議の国のアリス

第13話 不思議の国のアリス


 アリスとグリフォンが到着すると、ハートの王様と女王様が玉座についていて、そのまわりに大群衆が集まっていました。トランプのカードのひとそろいのほか、あらゆる種類の小鳥とけものたちです。ハートのジャックが鎖でしばられ、二人の兵士にはさまれて立っています。王様のそばにはシロウサギが片手にラッパ、片手に巻き物を持って、ひかえていました。
 法廷のまんなかにはテーブルがすえられ、その上にパイをいくつか並べた大皿が置いてあります。いかにもおいしそうだったので、アリスは見ただけでお腹がぺこぺこになってきました。
「裁判を早くかたづけて、あのパイをみんなにまわしてくれるといいのに!」アリスはそう思っていました。
(「不思議の国のアリス」/ルイス・キャロル 著, 高橋康也 翻訳, 高橋迪 翻訳[新書館]より)

 こうして不思議の国の裁判が始まった。

 これには伏線があった。この少し前にアリスは、三月ウサギと帽子屋とネムリネズミのティーパーティーに呼ばれていたが、三人の会話の意味不明さと無礼さに我慢できなくなって席を立ち、噴水のある庭に行って女王たち一行に遭遇している。

 行列はアリスの前まできて立ちどまり、みんなはこの女の子を見つめました。女王がきびしく言いました。「この者はだれじゃ?」
 この質問を受けたハートのジャックは、返事のかわりにおじぎをしてほほえんだだけででした。
「ばかもの!」
 女王はじれったそうに頭をあげ、アリスに向かって言いました。「名前はなんというのじゃ」(同掲書)

 女王のこの質問に対してアリスは最初、とても丁寧に自分の名前を伝えたが、「ただのトランプのカードのくせに」と内心は思っていたので、さらに女王がアリスの隣にいた三人の庭師を示しながら「その者たちはだれじゃ?」と訊いたとき、「わたしにわかるわけないでしょ! わたし関係ないんですもの!」と答えている。

 当然ながら女王は怒る。「これの首をはねよ!」と得意のフレーズを口走るが、王様に「まあまあおまえ、ほんの小さな子供なんだから」などとなだめられる。その腹いせなのか女王は三人の庭師に向かって「首をはねよ!」と叫ぶ。それからアリスは女王にクロッケーに誘われる。

 子供のころに初めてこの童話を読んだとき、僕はクロッケーなるスポーツの存在を知らなかった。今もよく知らない。ネットで調べたら、ゲートボールの原型との記述があった。でもアリスはこの競技に馴染めない。だってボールは生きたハリネズミでスティックはフラミンゴなのだ。しかも競技の途中にシロウサギから、知り合いになったばかりの公爵夫人が女王から死刑宣告を受けたと聞いて動揺する。

 その後にウミガメモドキとグリフォンとわけのわからない会話をした後に、裁判が始まった。

 裁判長は王様で、法廷には12人の陪審員がいた。

 イギリスの裁判はアメリカと同様に陪審員制度だ。でもやっぱり初めてこれを読んだころ、陪審員など僕が知っているはずがない。

 まずはシロウサギが起訴状を読みあげた。

 ハートの女王がパイ作った
 夏のある日のことだった
 ハートのジャックがそのパイを
 そっくり盗んで知らん顔 (同掲書)

 読みあげが終わると同時に裁判長(王様)は陪審員に向かって「評決にとりかかれ」と命じるが、シロウサギがあわてて「まだです、まだです!」とこれを制止する。証人が呼ばれる。帽子屋と公爵夫人の料理人。

 でもやっぱり、何を言っているかわからない。

 例えば王様は料理人に「パイは何でできておるのか」と訊ね、料理人は「胡椒ですだ、大体のところ」と答える。後ろで傍聴していたネムリネズミが「糖蜜だよ」と寝ぼけながら言い、女王が「そのネムリネズミの首をはねよ! 法廷からつまみ出せ! 鎮圧せよ! ひげをちょん切れ!」と絶叫する。

 三人目の証人として、傍聴席に座っていたアリスがいきなり指名される。でもこのときアリスはむくむくと巨大化していたので、立ち上がると同時にスカートの裾で他の陪審員たちの席をひっくり返して大騒ぎになってしまう。

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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