第13話 不思議の国のアリス

第13話 不思議の国のアリス


「被告は最後に何か言いたいことはあるか」

王様にそう言われて、被告人のハートのジャックは「あります」と答えました。
「申してみよ」

「ヤクザはお祭りやラブホテル、タピオカ、芸能界など様々な仕事をしています。ヤクザは気合いの入った実業家なので罪を重くすれば犯罪ができなくなります。しかし、捕まるのは下っ端なので、司法取引で終身刑にします。刑務所の中で幸せを追求できれば問題ないし、その方が生産性も上がるのではないでしょうか」

「最終陳述なのに何言っているの」とアリスが言いました。「まったく意味不明。精神鑑定をすべきよ」

「もうやりました」とシロウサギが言った。「被告は精神ではなく人格の障害です。責任能力に問題はありません」

「世間が注目する事件であればあるほど、精神鑑定の結果はほぼ必ずのように、人格障害とか自己愛性パーソナリティ障害ね」

「だって精神障害と診断したら死刑にできなくなります」とシロウサギが小声で言いました。「刑法39条。心神喪失者の行為は罰しない。心神耗弱者の場合は刑を減軽する。それでは死刑にできなくなります。だから責任能力が認定される人格障害かパーソナリティ障害にする。これは今の日本の刑事司法の常識です」
「そんなの絶対におかしいわ」とアリスが言ったとき、「早く首をはねよ!」と女王が叫びました。

「なぜそんなに急ぐのよ」
「世間が望んでいる」
「相模原事件の初公判は1月8日で結審は2月19日。ほぼ40日しかない。これで終わり。昔は何年もかけたのに」
「あまり長いと陪審員たちに負担をかけるから、公判前整理手続きでほぼ決めてしまうのです」とシロウサギが(やっぱり小声で)言いました。

「そんなの本末転倒よ!」
「もう決まったことじゃ」と王様が言いました。

「その結果として、動機や事件が理解できない。そしてメディアは闇という言葉を使う。例えば宮崎勤の裁判、麻原彰晃の裁判、付属池田小事件の裁判、そして相模原事件の裁判、毎回そのパターンよ」

「こやつの首をはねよ!」

「やれるもんならやってみなさいよ」とアリスは女王の顔を睨みつけながら言いました。
「怖くないわよ。あなたちなんてただのカードじゃない!」

 アリスがそう叫んだ直後、トランプの兵士たちはのこらず空に舞いあがり、アリスの上に、降りかかってきました。

 気がつくと、アリスは土手の上で、お姉さんのひざに頭をのせて横になっていました。お姉さんは、木の枝からアリスの顔の上にひらひらと散りかかる枯葉をやさしくはらいのけていました。

「起きなさい、アリス! なんて長いお昼寝でしょうね!」
「あのね、わたしね、それはおかしな夢を見ていたの!」

 そういってアリスは、思い出せるかぎりくわしく、お姉さんに話して聞かせました_いままであなたが読んできた不思議な冒険談を。(同掲書)

(イラスト 鈴木勝久)

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Written by 森達也
森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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