第16話「オオカミと七匹の子ヤギ」

第16話「オオカミと七匹の子ヤギ」


むかしむかし、あるところに、優しいお母さんヤギと、七匹の子ヤギたちが住んでいました。
ある日の事、お母さんヤギが言いました。
「お前たち。
お母さんは用事で出かけてくるから、ちゃんと留守番をしているのですよ。
それから最近は悪いオオカミが出るというから、用心するのですよ」
「お母さん、オオカミって、怖いの?」
(福娘童話集「オオカミと七匹の子ヤギ」より)

「まあ驚いた」とお母さんヤギは言いました。「あなたは今ごろになって何を言っているの」
「だって僕たちはまだオオカミを見たことがないもの」
「オオカミの口は耳まで裂けているのよ」
そう言いながらお母さんヤギは、口を大きく開けました。
「目は三白眼。三白眼ってわかる? 要するに白目ばかり」
「ゾンビだ!」と子ヤギたちは声を揃えました。
「ゾンビよりももっと危険よ」とお母さんヤギは言いました。「だってオオカミの口には鋭い歯が生えているし、手や足には鋭い爪があるのよ。あなたたちなんか一噛みで一呑みよ」

「あーん、怖いよー」
「大丈夫。家の中にいれば安全ですよ。
ただオオカミは悪賢いから、お母さんのふりをしてやって来るかもしれないわ。
オオカミはガラガラ声で黒い足をしているから、そんなのがお母さんのふりをしてやって来ても、決して家の中に入れてはいけませんよ」
「はーい、わかりました。では、いってらっしゃい」
子ヤギたちはお母さんヤギを見送ると、玄関のドアにカギをかけました。
(同掲書)

でもカギだけではまだ安心できません。長女ヤギが「監視カメラをドアの横に設置しましょう」と提案しました。
「そんなのどこにあるのさ」と弟や妹ヤギたちは言いました。
「買ってくればいいわよ」
「買うためには外出しなくてはならないよ」
「それにお金も必要だよ」
「ならば行政に電話して現状を訴えよう」と長男ヤギが言いました。
「つけてくれるかしら」
「住民の安全を守ることは行政の使命だよ」

長女ヤギがスマホを手にしたとき、窓の外を見ながら「あそこに公園があるね」と次男ヤギが言いました
「だから何?」と弟と妹ヤギたちは言いました。
「ベンチだよ」
「だから何さ」
「わからないのか。オオカミは社会のルールを守らない。もしもベンチを見つけたら、きっと大喜びで横になって昼寝をすると思う」
「別にいいじゃん」と弟ヤギが言いました。「そのためのベンチだよ。昼寝するのはオオカミだけとは限らない」
「家のベッドじゃなくてベンチで横になるような人は不審者だよ」
「不審者が来たら怖いよ」
「ゾンビもベンチで寝るかもしれない」
「どうしよう」
「これも行政に訴えよう」

そう言ってから長女ヤギは市役所に電話をかけて、近隣に監視カメラを設置することと、ベンチに仕切り板を入れることを約束させました。
「監視カメラは今日やってくれるって」
「ベンチは?」
「ベンチはあちこちから依頼が来ているので来週以降になるらしいわ」
「まあとにかく、納税者としては当然の権利よ」
「これで不審者は近づいてこないね」


▲今の日本の正しいベンチ。

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Written by 森達也

1956年広島県生まれ。映画監督・作家・明治大学特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。11年に『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞。

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