
『シノダ課長のごはん絵日記』
NHK総合で放送されている、『サラメシ』という番組がずっと気になっていました。働く人たちのお昼ごはんを紹介する番組で、つまりタイトルは「サラリーマンの昼飯」の略。
人の食べてるごはんって、やっぱりなんだか気になっちゃうじゃないですか。そういう人間の好奇心をほどよく理解しているという意味で、この企画はものすごく的を射ていると思うんだな。
ただ、毎週月曜夜10時55分からという放映時間が、その時間帯にテレビを見る習慣のない僕にとっては、ちょっとばかし高いハードルでもあったんですよ。
なにしろ娘はもう寝てるし、妻も就寝前モードにはいっているので、のそのそとリビングに出て行ってテレビをつけるのは、なんとなくはばかられるわけです(小心)。
でも数ヶ月前、たまたま昼間にテレビをつけたら、この番組の再放送だか総集編みたいなものをやっていたのです。それでようやく見ることができたのですが、予想どおりに素敵な番組でした。
登場するのは、愛妻弁当派から、コンビニ弁当を利用する単身赴任の人までさまざま。そこに、サラメシを通じたそれぞれのストーリーが絡んでくるので、手づくり弁当のように味わい深いのですね。
で、その日の放送のクライマックスに、ちょっと気になる人が登場しました。僕と同い年らしく、奥様とふたりの娘さんと暮らしているという彼は、旅行会社で営業課長を務めるサラリーマン。
本人も認めているとおり普通の人なのですが、注目すべきは、ひとつだけ「まったく普通じゃないこと」があるという事実。というのも、23年前から毎日欠かさず、自分が食べてきたものをイラストと文章で記録し続けてきたというのです。
しかも、大学ノートに水性ボールペンと水性マーカーで描いているというそのイラストが、味わい深くてとても魅力的。描写は細かいのに、料理の写真は撮らず、下描きもせず記憶だけで描いているというのだから驚くしかありません。
ちなみにそれはあくまで趣味であり、本人は自分の人生について「おそらく残りの人生も、華々しいことも無いかわりに、破綻することもなく過ぎてゆくのだろう」と思っていたのだそうです。
ところが、受験や不登校などを克服し、新しい生活に飛び込んでいったふたりの娘さんの姿を見ていたら、気持ちに変化が起こってきたのだといいます。
新生活が始まり、生き生きとしている彼女らを見ていて突然私は、何かを始めなくてはならないと思った。この人たちの親としてふさわしい人間にならなければならないと思ったのである。(「はじめに」より)
そこで、ちょうどそんなときに知った『サラメシ』に、書きためてきたノートのことを投稿してみたら番組で紹介され、そのノートが本になったという流れ。
なんだか前振りが長くなってしまいましたが、それが今回ご紹介する『シノダ課長のごはん絵日記』(篠田直樹著・ポプラ社刊)だということです。
当然ながら、内容の大半は2013年4月現在で44冊になっていたというノートに描かれた絵日記を載せたもの。だから「読む」というよりは「見て楽しむ」タイプのつくりになっています。
でも、それだけで本にしてしまえるだけの画力が、この人にはたしかにあります。おじいさんが美術の教師だったそうなのですが、明らかにその血を引いている気がします。しかもそれでいて、うまく描こうとしていないからこそ味わい深い。
そんなわけで、ぱらぱらとページをめくっているだけで楽しめてしまうし、気がつけばおなかが減っているという感じ。
つまりですね、端的にいえば、この連載にはまったく向かないタイプなのです。が、それでも「これ、絶対に紹介したい!」と強く思ったのは、イラストだけでなく文章もすごくいいから。
上で引用した「はじめに」のフレーズなんて、それだけでぐっとくるでしょ?
もちろんイラストに添えられた文章は料理の説明ですから、感動するようなものではありません。けれど、箸休め的に挟み込まれているエッセイを読み込むと、そこにも味わい深いフレーズが見つかったりするのです。
というわけで今回の「神フレーズ」は、「寿司」と題されたエッセイのなかからの引用。おいしい寿司を食べる幸せについての一節です。
私はしがない旅行屋家業を四半世紀以上やっているが、人生だましだまし、低空飛行を続けながら、それでもたまに寿司を食べられる人生というのは、そう悪くない。私の携帯電話が繋がらないときは、寿司を食っているのだと思ってもらってかまわない。
(109ページより)
これね、とてもいい文章だと思うのです。当たり前のことしか書かれていないけど、だからいい。
特に華やかなことはなかったとしても、当たり前に生きていくことがいかにすばらしいことであるか、そういう本質が、ここには表現されているように思うのです。