『ミニマリスト日和』

『ミニマリスト日和』


昔の音楽雑誌やオーディオ雑誌には、よく「リスニングルーム拝見」みたいな記事が載っていました。
そこでは壁一面がレコードで埋まっているようなかっこいい部屋が紹介されていて、当時中学生くらいだった僕も当然ながら、「こういう部屋に住みたい」「レコードたくさん集めたい」と、漠然とした憧れを抱いたわけです。

喫茶店で初めてアルバイトをしたのは、受験も終わった中学3年生の3学期(早すぎじゃんそれ)。
近所に小さな中古レコード店ができたこともあり、バイト代の大半はレコード代に消えました。

だから1年ほど経ったころにはそれなりの枚数が揃ったのですが、運命とは残酷なものなのですよ。好きなレコードが並ぶレコードラックを眺めていい気分になっていたころ、祖母の火の不始末で家が全焼してしまったのです。

もちろん、僕のコレクションも全滅。しかしそのときから、「絶対にまたレコード集めてやる!」と、怨念に近いような気持ちがメラメラと芽生えたのでした。

さて、時は流れて約20年後。僕の書斎は、壁2面がレコードで埋まっていました。クローゼットのなかもレコードだったから、実際には3面ですね。ちなみにそれらはすべてアナログレコードで、CDはリビングの壁一面を占拠していました。

が、問題がひとつ。

「レコードに囲まれて暮らしたい」という夢が叶ったはずなのに、ちっとも快適じゃないんですよ。リビングの方は妻のおかげもあってそれなりに整っていたのですが、書斎はといえば、“レコードと本を並べるために存在している”ような状態。快適性のカケラもなく、まさに本末転倒。

そのとき気づいたのは、少なくとも自分には、モノにあふれた生活は向かないということでした。

そりゃ好きなモノは集めたいけれど、快適であることは絶対に必要。しかし集めることそのものが目的になってしまったら、いろんなことがどんどんズレていくということがようやくわかったのです。

だからそのときには、思い切って8000枚くらいのレコードを処分しました。「持っておけばよかった」と後悔したものもあったし、そういうものをいま買いなおしたりしているのでバカな話ですが、結果的に実感したことがあります。

集めることが目的でないにしても、必要なもの、持っておきたいものはある。だから、なんでもかんでも捨てるのではなく、自分にとって必要なものだけを身のまわりに置けばいいということ。

でね、矛盾して聞こえるかもしれないんですけど、巷で話題になっている「ミニマリズム」というものも、結局はそういうことなのではないかと思うのです。

「集めればいいわけではない」のと同じように、「捨てればいいわけでもない」。まず快適性が大前提となるべきで、そう考えるとミニマリストとしてのあり方も人それぞれ違ってくることになるはず。

たとえば、また集めなおしているとはいえ、現実的に8000枚のレコードは消えました。CDも3000枚くらい処分したし、結果的に書斎はかなりスッキリしています。モノはあるけど邪魔だというほどではなく、快適です。なにかが足りずに困ったこともありません。つまり、いまの僕は自分なりのミニマリズムを実現できていると思うのです。

ミニマリズムの極意を極めているような人の目には、ちゃんちゃらおかしく見えることでしょう。

けれど、それでいいのではないでしょうか? 以前、ここで『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(佐々木典士著・ワニブックス刊)という本を紹介したときにも書いたけれど、「いくらなんでも、ここまで極端なことはできないだろう」と感じる部分があったとしたら、それはちょっと違うかなと思うので。

だから、同じミニマリストについての書籍だといっても、きょうご紹介する『ミニマリスト日和』(おふみ著・ワニブックス刊)の著者の考えに僕は近いと思います。

印南さん連載用text
ミニマリスト日和

著者はもともとマキシマリストだったものの、仕事のストレスが原因で「身軽になりたい」と感じたのだといいます。
そして、シンプルに暮らしたいと思って断捨離中なのだそうです。つまり、そこには「捨てたい」ではなく「心地よく暮らしたい」という目的がある。大切なのは、そういうことだと思うのです。

そして、本書のコラムに書かれていたことが、まさにそれでした。というわけで、今回の「神フレーズ」はそこからの引用です。

基本的には「できれば増やさずに減らしたい」という思考だけど、皆が皆、極限まで減らしたいわけではない。ものの管理能力、何に思い入れがあるか、どのくらいの量を適量と思うかによって、必要なものの量は人それぞれ。わたしは、「ものの量を適量に保つことで、生活が快適になるよね」と考えている人がミニマリスト、だと思っています。
(12ページより)

そう。いいたいのは、まさにこれ。「ミニマリスト道をどれだけ極めているか」ではなく、自分が快適であることがなにより重要だということです。それにきっと、その気持ちを忘れずに生きていけば、モノはどんどん減っていくだろうし。

だから本書でも、食器から衣服まで、著者が必要だと思うモノがイラスト(これがなかなかいい)によってたくさん紹介されています。それを「ミニマリズムじゃないじゃん」と感じる人もいるかもしれないけれど、僕はこれこそがミニマリズムだと思うのです。

Written by innami atsushi
innami atsushi

印南 敦史(いんなみ・あつし)/作家・書評家・ライター 1962年生まれ。東京都出身。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は、「ライフハッカー[日本版]」「マイナビニュース」 「ニューズウィーク日本版」「Suzie」など多くのメディアで連載。最新刊『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社刊)がベストセラー記録更新中。FMおだわら78.7Mhzで 毎週日曜日20:30~21:00(再放送:金曜22:30~23:00)、ラジオ番組「印南敦史のキキミミ図書館」のパーソナリティも。http://book-radio.net

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