『忘れられる過去』

『忘れられる過去』


新刊『遅読家のための読書術』の発売を記念して、すこし前に選書家であり、book pick orchestra(ブックピックオーケストラ)代表の川上洋平さんと対談をしました。

ブックピックオーケストラは、“本のある生活”を提供するため、人と本が出会うためのさまざまなあり方を提案しているユニット。つまり川上さんは、選書をスタートラインとして、カフェやギャラリー、シェアオフィスなどを活用した空間づくりをしているのです。

もっと簡単にいえば、「本と出会える空間あるいはシチュエーション」をつくっているということ。
たとえば、本とお酒をつなぐ「SAKE TO BOOKS(酒と古書)」というようなイベントを開催しているといえば、なんとなくイメージがつかめるのではないでしょうか。

ただ、その活動には洗練されておしゃれなイメージがあるだけに、お会いするまでは「つきあいづらそうな人だったらどうしよう」不安もあったのです(なんだよその小心?)。しかし、お会いしてみたら。とても気さくで話しやすい方だったのでした。

それどころか、本や読書に関する考え方にも共通点が多くて、あっという間に意気投合。その数週間後には僕の地元の小さな居酒屋で飲んで話し、まるで数年来のつきあいのような感じになれたのでした。

まぁ「気が合いました」で終わっちゃうような話ではあるのですけど、ここで重要なのは、本が川上さんと僕をつないでくれたという事実。 決して大げさなことではなく、本には人と人とをつなぐ力があるんだなと実感しました。

そしてそのとき、川上さんが「印南さん、絶対に好きだと思うんですよ」と推薦してくれたのが、きょうご紹介する『忘れられる過去』(荒川洋治:著/朝日文庫刊)

印南さん連載用text
忘れられる過去1

著者は現代詩作家、随筆家として数多くの作品を残されている方で、これは代表的なエッセイ集。
見開きもしくは数ページの短いエッセイが、たくさん詰め込まれています。

川上さんに勧められて初めて読んでみたのですが、文学を軸に、言葉、人間関係、生活などさまざまな題材について軽妙な文体で書かれた魅力的な作品でした。理屈っぽくなく、それどころか、どこかスコーンと抜けるような気楽さがあり、ウィットに富んでいて、しかも深いのです。

何度でも読み返したくなるような魅力が備わっていて、読み返せば読み返すたびに新しい発見と出会うことができそうな、そんな作品。そして、それはまさに僕の好み以外のなにものでもなく、それを一発で見抜いた川上さんは、さすが選書家だなと感心したのでした。

さて、そんな『忘れられる過去』のなかに、「文学の名前」というエッセイがあります。
現在は愛知淑徳大学教授である著者は、それ以前にも青山学院大学、早稲田大学などで25年以上にわたって非常勤講師をつとめてきたそうなのですが、そんな経験に基づき、「学性の基本的な知識がまずしくなった」と嘆いているのです。

文学部の学生の半分が武者小路実篤の名前を知らなかったとか、「新しき村」を知っている人はふたりしかいなかったなどというエピソードを目で追うと、たしかに驚くしかありません。しかし、そんなことよりも重要なこの話のポイントは、本書の単行本がみすず書房から刊行されたのは2003年(文庫は2011年)だったという事実。
もう13年も前の話なのです。

いまの世の中でも「本を読む人が減った」とか「若者の読書離れ」などという言葉を聞くことは少なくありませんが、つまりそれは、いまにはじまったことではないということ。
著者は2003年の時点で「話しながら、強烈な空しさを感じる。少なくとも一◯年前は、こんなことはなかった」と書いていますが、きっとそうではないと僕は思います。

おそらく「若者に基本的な知識がない」状況は20年前にも30年前にもあって、その時代時代で先達は下の世代を憂いていたのではないかと思うのです。きっとそういうもの。
嘆くのは簡単だけれど、そう考えたほうが前向きな感じがするじゃないですか。

先日、『遅読家のための読書術』にまつわるインタビューを受けた際、インタビュアーの方から開口一番「いま、大学生の◯%は本を読んでいないというデータがあります。こうした傾向についてどうお考えですか?」と聞かれ、とても仰天しました。なるほどそうかもしれないけれど、僕はあまりそういう考え方をしないほうがいいと思うんですよね。

だからそのときにも「たしかに読書人口は減ったかもしれません。けれど、読書好きな若者もたくさんいるし、書店やブックオフ、図書館に行けばそこそこ人はいます。だから、むしろそういう人たちのことをきちんと見ることのほうが大切なのではないでしょうか?」と答えたのです。

でね、なにがいいたいかといえば、こういうことです。「基本的な知識がない」ことはたしかに残念。
しかし、それは「基本的な知識をこれからつける可能性がある」という見方もできると思うのです。
そう考えたほうが、いろいろ明るい気がしませんか?

そして注目すべきは、本書における著者も、最初に彼ら若者を嘆きつつ、それだけで終わっていないということ。つまり話の終わりには、「知識をつける可能性」のひとつのあり方を提示しているのです。

朝刊一面のコラム(天声人語など)には、文学者の名前が毎日のように登場するので、それらを読む習慣をつけるだけでも、知識はつけることができるということ。そしてその部分に、今回ご紹介すべき「神フレーズ」がありました。

毎朝のコラムを読むだけでも、文学の世界に明るくなれる。
知識は毎朝、配達されているのだ。すぐそこにある。
その、すぐそこにあるものを見つめることだ。知識とは、知ることではない。
知るために何をしたらいいかをイメージできることだと思う。
(220ページより)

これ、すごくいい文章だと思いませんか? つまり、「知識」の入り口はどこにだってあるということですよ。
新聞のコラムしかり、現代でいえば、スマホでなんとなく眺めている文章のなかに知識のヒントが隠れている可能性もあるわけで。嘆くだけでなく、「だから、こうしてみようよ」という提案をする著者のことを、素敵だなと感じたのでした。

 

 
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Written by innami atsushi
innami atsushi

印南 敦史(いんなみ・あつし)/作家・書評家・ライター 1962年生まれ。東京都出身。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は、「ライフハッカー[日本版]」「マイナビニュース」 「ニューズウィーク日本版」「Suzie」など多くのメディアで連載。最新刊『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社刊)がベストセラー記録更新中。FMおだわら78.7Mhzで 毎週日曜日20:30~21:00(再放送:金曜22:30~23:00)、ラジオ番組「印南敦史のキキミミ図書館」のパーソナリティも。http://book-radio.net

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